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初めてのノスタルジア

どうも、英司です。お盆も終わり、夏も終わりが見えてきた今日このごろですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

■初めて感じるノスタルジア

先日、お盆シーズンということで地元で中学の同じクラスの集まりにお誘いいただきました。
と言っても、僕は仕事のため実家に帰っていなかったので参加できませんでしたが、数人の人とはFACEBOOKで繋がっていたし、その時のきっかけでLINEのグループにお誘いいただきまして、まぁなんとも随分懐かしい顔ぶればかりで。

なんというか、その時心の底から「あぁ、懐かしいなぁ。」という温かい感情がブワっと湧き出てきました。だけど思えばそういう感覚って初めてだったかもしれません。

こちらのブログでも度々地元の話題は出していますが、僕の場合は実家が千葉県の住宅街でして、言ってみれば東京の衛生都市。今は都内で一人暮らしをしていますが、同一生活圏、同一文化圏に実家があるイメージです。

毎年お盆やお正月になると、新幹線や飛行機に乗って実家に帰って行く友人を見ては、「いいなぁ、ふるさとがあって」と思っていたものでした。

そこで僕が抱いていた「ふるさと」のイメージとは、東京とは違った文化や県民性がある土地で、狭いマンションなどではなく広々とした一軒家の実家があり、親戚や祖父母もそう離れていないところで住んでいるような生活圏に実家がある状態のことを指しています。

ただ、これも一種の強烈なステレオタイプを含んでいるのも事実なことが最近わかってきました。

東京都の人口は1300万人ですので、日本人の10人に1人は東京都民という計算。
これに東京大都市圏、いわゆる僕の実家のような首都圏を合わせると3700万人もの人が同一生活圏に住んでいることになります(一つの生活圏内に住む人の数や経済規模としては世界最大だそう)。

つまり日本で暮らす人の4人に1人以上が東京大都市圏に暮らしているという計算になり、僕のように首都圏に実家があり、尚且つ同じ東京大都市圏内で一人暮らしをしている人は決して「少数派」ではなく、実際に地元の友人たちも同じように実家と同一生活圏で一人暮らしなり、配偶者との生活なりを送っている人が非常に多かった。

僕らの地元は上記のステレオタイプに当てはめるとすると、あまり「地元」らしくない地元です。駅前には都心とさして変わらないデパート街があり、私鉄もJRも深夜0時台まで走っており、深夜になっても繁華街は明るく、駅から実家に行く道には、おおよそ思春期の子どもを育てるにはふさわしくないのではないかというピカピカした風俗街もあり、良く言えば賑やか、悪く言えば少し治安の悪そうな土地です。

たびたび実家に戻ることはありますが、あまりあの街に帰っても「地元」感もなく、両親やきょうだいとの何かしらの用件を済ませたら数時間の滞在で都内の自宅に帰る、という感じの帰り方しかしませんでした。

ただ、今年の正月に実家に帰ったときに、中学時代の友人と地元の飲み屋さんに飲みにいったとき、なんかすごく温かさを感じたというか、安心感を覚えたんですよね。

そういえば○○元気かな?という話題になると、誰かがスマホを取り出して電話。そしたら15分くらいで○○が登場、みたいなのを繰り返してる飲みがけっこう楽しくて。

今年は年始にそういう楽しい出来事があって、それからしばらくまた帰ってなかったんですが、お盆になるとLINEのグループやFACEBOOKも賑やかになって、UPされる写真のあちこちに懐かしい顔ぶれが写っていて「あー、△△も今帰ってきてるんだー」みたいな感じ。

今まで、地元といえば思春期を過ごした場所であり、僕もご多聞に漏れず思春期や青春時代は自分のセクシュアリティに非常に悩んできましたので、全体的になんとなくあの時代には暗い印象を持っていました。

だから無意識的にあの思春期の記憶と張り付いた「地元」というものを自分の生活から遠ざけてきていたけど、このお盆に関しては本当に帰りたいなぁと思い、初めて仕事を恨みました(笑)

何も土着的なノスタルジーというのは、自然豊かで広々した街にしか抱いてはいけないものではなくて、あの怪しげなネオン街の色も、一日中車が往来してうるさい駅のロータリーの音も、決して広くはない均質的な住宅街にあるマンションの一室の実家も、自分にとってはたった一つのかけがえのない「地元」の風景なんだなぁと、実感することが最近非常に多いです。

これまでなぜか、自分には地元とか、最終的に帰る街はないと考えていたけど、ぜんぜんそんなことはなくて、あの街が自分のふるさとであり、どんな形の街であれ同時代を一緒に過ごした人たちの集まる所なんだなぁと感じます。

次は年末ですかね。今度はちゃんと、仕事も都内での予定も都合をつけて帰りたいと思います!


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【書評】30代はアニキ力(平凡社新書)

どうも、英司です。相変わらずの猛暑な毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。
僕は先週末につなげて少し早めの夏休みをいただきまして、広島に行ってきました。

原爆ドームや宮島は高校の修学旅行以来。とにかくグルメが美味しいくて楽しい旅でしたが、なんと言っても広島で年に一回開かれているゲイイベント「54」がものすごく楽しかったです。

広島県内のみならず、九州、四国からもたくさんのお仲間さんが遊びにきていて、中にはなんと
このブログを読んでくださっているという方まで!!(驚)
いろいろな人とお知り合いになれて本当に良かったです!


■久々にブックレビューでも

そんなわけで、最近書店で思わず手に取った本。

「30代はアニキ力―後輩を育て、上司を動かす」


30代はアニキ力: 後輩を育て、上司を動かす (平凡社新書)30代はアニキ力: 後輩を育て、上司を動かす (平凡社新書)
(2014/01/17)
前川 孝雄

商品詳細を見る


すべてに100%頷けるわけではありませんでしたが、大枠著者の言いたいことは非常によくわかり、また、コンサル会社やらビジネススクールやらの講義を収めた書籍よりは僕の身の丈に合った、明日からでも役立つ心がけ等が書かれているとても読みやすい本でした。

今の30歳前後の世代は不況の中で青春時代を過ごし、就職氷河期に就活をし、社会人になってからも20代のときにリーマンショックと東日本大震災を経験するなど、「不遇の世代」と言われ続けていました。

ただ、久方ぶりの上向きな経済状況を迎えるこの時期に30代を過ごすことになる当該の世代の社会人たちは、むしろこれまでの不遇さをすべて精算してお釣りがくるくらいラッキーな時代を生きている、という明るいイントロダクションで始まる本書は、いかにもリクルート社出身らしい著者の前川孝雄さんから僕ら世代への心のこもったエールのようにも感じました。

また、前川さんはまさにバブル期に20代を過ごしたわけですが、その後間もなく不況が訪れ、「この時代を生き抜かなくては!」と自身のキャリア形成を心配するあまり、ビジネススクールやら外国の経営理論にばかり傾倒してしまい、難しいカタカナ文字を後輩や上司に披露しては自己陶酔していた時代のことを「失敗談」として紹介。

自分が出世したい、評価されたい、生き残っていきたいという気持ちのあまり、MBAだ!ビジネススクールだ!!とその欲望に応えてくれそうなツールはどんどんと増え続ける時代ですが、そうした理論や武器を本当に最大限生かしつつ、日々の業務改善に繋がっていった例は意外と少ないと著者は指摘。

本当に明日から役立って、なおかつ自分をこの先も助けてくれるスキルは、自分にだけ関心のベクトルが向いた均一的ですぐに陳腐化する内向きなスキルアップのセミナー等ではなく、後輩等の若い世代に日頃から慕われ、時に自身の損得勘定を抜きに彼らを助け、日頃からよく彼らの意見を聞いていて、折にふれて40代の上司に日々若い後輩たちが考えていることを咀嚼して伝えられるような潤滑油的存在になれるスキルだと説いています。

いわゆる「中堅社員」として組織での役割も変わってくるこの時期、一生懸命やっていればそれなりに評価されてきた20代を終え、しかし上には経営層から日々強いプレッシャーをかけられている中間管理職の40代がいる。

そんな30代に求められる力は、後輩たちが自然とついてきて、責任の重さのあまり保身的になる上司の気持ちを掴んで突き動かすことのできる「周囲を巻き込む求心力」で、著者はこれを「アニキ力」と呼んでいます。

著者は数々の事例を紹介しながらこの「アニキ力」とは何かを説いていますが、とどのつまりそれは「信頼」以外の何者でもないな、と思いました。

これを著者は「利他的」とか「他愛精神」とか「情けは人のためならず」という言葉で言い換えていました。

いざというときに頼りになって、時に自分の損得勘定抜きに後輩や部下を助けてあげられる姿勢こそが、(特に年下の後輩たちを中心に)周囲に自分のファンを増やし、目上の人や組織を突き動かす原動力になる、というのが著者の趣旨でした。

結局のところ、ビジネススクールや有名なコンサル会社が出したビジネス書などでいくら「正しい」理論を学んで均一的にそれを自分の組織や仕事に適用しようとしても、ただただ摩擦を生むだけだった、という類の失敗例は自分の周囲で聞く話の中でも枚挙に暇がありません。

むしろそうした理論武装は、著書の言う「アニキ力」を備えた人があくまで二次的な武器として持つのにはふさわしいかもしれませんが、自分への自信のなさや不安感を埋め合わせるためにあの類の「正論」を身につけても、周囲の人には「なんかいつも難しいこと話してるよね、あの人」くらいにしか思われないものなのかもしれません。

また著者は、「自分の言葉で語ろう」「血の通った言葉を使おう」ということも頻りに説いていて、これも非常に納得できました。僕はこの「言葉」のちから、「言葉」の選び方は実は非常に大事なスキルなのではないかと考えています。

自分がよく意味を理解している言葉や誰もが使い慣れている言葉しか使用せずに、その組み合わせと順番だけで最大限に自分の意志を印象良く伝える力は、実はもっとも難関で高度なビジネススキルだとすら僕は考えています。

自分自身も意味をよく理解していない、どこかからの引用の言葉ばかりでは人の心を掴むことも、ましてや人や組織を突き動かすことなんてできないと思います。ただ僕自身も、格好良く聞こえるからどうしてもこの手の小手先の技術を使うことがよくあるので、本当にこれは気をつけないといけない。特に年下の人と話すときはことさら気をつけないといけないポイントだなと思いました。


■結局の所、思いや情熱が大事ってこと?

うーん、ありきたりですけど結論はそういうことになるんだと思います。
仕事に対する自分なりの思いや情熱。それの有無は自分の働きが誰かの、世の中の役に立っていると思えるかどうか、という点に尽きるように思いました。

ただ本書で同意できなかった点としては、不本意な異動や待遇もチャンスと思って我慢すべし!との部分。僕は自分が活躍できない、納得行かない、この仕事は絶対に自分に向かないし、早くスキルチェンジしたい、という思いが強い場合は、その場は去ってやりたい仕事に挑戦する方が良いと思います。

そういう気持ちを持ったまま給与のためと割りきって仕事をする生活を送る中では、とてもじゃないけど著者の言うような「自分は何かの役に立っている」っていう実感を得られないし、著者の言うような「アニキ」的な役割なんて、やはりその会社が好き、その仕事が好きという気持ちがある程度はないと務まらないし身につかないものだと思います。

その点、スキルチェンジやキャリアチェンジは若い方がその後が長いし、体力も物覚えも良いから僕は無碍に納得行かない待遇や自分に明らかに向かない仕事を「やらされてる」と感じた時は、環境を変えることもすごく大事な決断だと思いますよ。


ただその辺りは本書においては周辺的な話ですので、大枠では非常に良い本だと思いましたし、けっこうオススメな本です。



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アラサーの憂鬱

どうも!英司です。
なかなか梅雨明けしない最近ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

先日、よく遊ぶ友人のサプライズバースデーパーティを主催しました!
リムジンを借りてのシャンパンパーティでした。

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10人乗りのエクスカーションリムジンです。いやー、すごい迫力でしたね。

いやはや僕は同年代の友達が多く、つまりアラサー世代と呼ばれる人たちなんですけどね。
今が29歳ですので、僕も来年はいよいよ30歳です。最近は同年代の友達の誕生会に呼ばれることも増えました。

■その時期にはその時期の…

30歳を目前にして、また、周りの友人たちが30代に突入して行く中で、本当に人ってその年代その年代でいろいろ考えることがあるものだなぁと思います。

大学生の頃は、今してる勉強なりサークル活動なりが本当に将来のためになるのか?とか、社会人としてちゃんと自立してやっていけるか?っていう不安は常に抱いていたし、

社会人になりたての頃は「このままサラリーマンとして終わりのない生活か…」とぼやく時期もありました。それこそ、平日は全力疾走(というか、全力でないと周りについていけなかった)、休日はもうグッタリして遊ぶヒマも気持ち的余裕もない、みたいな時期もありました。

26歳くらいのときからは、何か少し焦りというか、デカイことをするには20代のうち、みたいな本とか記事に影響を受けて(笑)、本当にこのままでいいのかな、みたいなことで悶々とする時期もありました。

で、迎えたアラサー世代。

幸いにして仕事や友人には非常に恵まれている方だと思うんですが、また違う心配事もうまいこと(?)出てくるものですね…苦笑

■明らかに年老いていく親

先日、父の北海道に住む友人が新鮮なラム肉を大量に送ってきてくれたとのことで、久々に家族でBBQに行きました。幸い僕の実家は千葉県の住宅街で、今住んでいる東京の高円寺からも1時間程度で帰れます。2人いる姉も千葉県内で家庭を持っているので、家族や親戚は比較的にすぐ集まれる環境です。

朝の電車で実家に向かい、家が見えてくると、家の前にどこかのお爺ちゃんがいるなーと思って見ていたら、ウチの車に乗っていった!!(笑)

「(えーーー、あれお父さん!?)」

前に帰ったのはたかだか半年前なんですがね…年老いていました。

僕なんかは大学を卒業した時に一人暮らしを始めたんですが、特に僕の場合は末っ子だったので、最後の子どもだったわけですね。

自分の中では、人は平等に年老いていくものと頭ではわかっていつつ、どこか自分の親に関してだけは、実家を出るときの姿で記憶が止まっている部分がある。

それに、親としては最後の子どもがまだ大学生のうちは、自分に何かがあったらまだ学生の子どもが路頭に迷ってしまう、との思いも少なからずあったと思います。なので、毎日にそれなりの緊張感もあっただろうけど、末っ子が自立した時点で一気にその緊張がほぐれ、年を追うスピードが明らかに早くなった気がする。

TVで介護の問題などを見ても自分にはまったく関係のない話だと割りきっていたのに、最近はあながちそういうことも近い将来自分のライフコースに大きく影響を与えてくることのような当事者性を感じるようにもなってきました。

よくよく考えてみると、そういえばゲイ業界の少し年上の諸先輩方も、親が弱ってしまったから地元に帰って転職する、なんて言って東京を離れていった人もけっこういたような…。


いやはや人生いろんなことがあるなぁと思います。
だけど、両親にはどうかいつまでも元気でいて欲しいなぁと思う今日このごろですがね。。。


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ゲイのひとり旅inソウル!

どうも、英司です。
梅雨なのか異常気象なのか、雷雨も多い今日このごろですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

僕はこの6月27日(金)~29日(日)まで、1人でソウルに旅行に行ってきました!
今日は久々に旅行記を書きたいと思います!

■なぜこんな時期に韓国へ…

いやはや政治的にはすっかり冷えきった日韓関係。日本で入ってくる情報を聞いていても、正直なところ韓国へ行こうという発想にはなりづらいですよね…。

ただ、そんな折だからこそ、航空券がとても安くで取れることが判明(笑)
今回はバニラエアを利用。初めてLCCを使いました。

エアチケット代は片道7500円。往復便、燃油サーチャージや諸税込み込みでも2万円前後でした。
同じく近隣地域である台湾へはもう3回ほど行っているし、東京からならばたかだか2時間で行けるし、2泊3日のコンパクトな旅行でも十分楽しめそうという理由で、勢いでチケットを購入。

しかも、日本にいる韓国人の友達から聞いたところによると、最近のソウルはゲイカルチャーがものすごく盛り上がっているんだとか。以前のソウルはオジサン向けのカラオケバーが何店かある程度だったそうですが、ここ数年、若者が集まる街・梨泰院(イテウォン)エリアにゲイ向け大きなクラブが続々とオープンしているようで、安く行ける今だからこそちょっとばかしお邪魔して来ようかなと思い立ちました!

■初めてのLCCでソウルへ!

勢いでチケットを取り、急いで27日(金)の有休申請をして行ってまいりました。
何かと話題のLCCを初めて使ってみましたが、全体的に若い女性のお客さんが多い印象。乗ってみて納得ですが、やはりシートピッチはかなり狭くて、大柄の男性ではかなり厳しく、なるほど自ずと小柄な女性が多くなるわけです。

ただ、関西を中心に躍進を続けるピーチエアと同様、バニラエアもANA系列ということもあり、サービス面はまったく問題ありませんし、機内も清掃が行き届いており、フライトアテンダントの方も明るくて清潔。

機内食は有料ですが、500円~700円程度ですし、2時間程度のフライトならまったく問題ありません。

■金曜日の夜からさっそくゲイバー&クラブめぐり(笑)

金曜日の夕方にソウルに到着。
ただ、実は今回、ソウルに行く前から事前に向こうのゲイにアプリを使ってコンタクトを取っていました。すぐに彼に合流して、彼のソウルのゲイ仲間のお友達たちと歓楽街である鐘路三街(チョンノサムガ)にて食事をしました!

週末の夜のチョンノの活気は本当にすごい!!ひしめき合うように屋台が並び、スパイシーで食欲をそそる香りが街に充満しています。そして、老若男女野外のテーブルで焼酎片手に歓談を楽しんでいて、まるで街全体がビアガーデンのよう(笑)。真夏に来たら更に楽しそうですね。

案内してくれたソウルのホン君は日本語がとても堪能で、また、非常にお友達も多い子のようで、飲み屋さんをハシゴしている間に次々にお友達と合流。その中にもう一人日本語ができる子もいたりして、韓国語、日本語、英語が飛び交う楽しい夜でした。

チョンノ地区にも複数のゲイバーがあるようで、最初に訪れたお店の名前は『Villa M』
ここのママさんがとんでもなくイケメンで(笑)、お客さんも20代~30代のイケメンばかり!!ホン君もかなりのイケメンさんだったんですが、そのお店で合流した彼のお友達も男前が多くて最高でした(笑)。


【Villa MさんのFACEBOOKページ】

https://www.facebook.com/pages/Villa-M/471011829610445

【マップはこちら】



※とても入り組んだ場所にあるのでわかりづらいかもしれません※

Villa Mさんでかなり盛り上がっていたら、時間もそろそろ0時を回る頃だったので、いよいよお楽しみのクラブ街、梨泰院(イテウォン)へ行くためみんなでタクシーに乗車!!
深夜を回るとソウルのタクシーは市内近距離ではなかなか乗せてくれないため、何度も断られつつもくじけずに交渉。

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↑Villa Mで合流して遊んでくれた皆さんと↑


イテウォンに到着してみて本当にビックリ。
ものすごい活気で、0時を回っているというのに大盛り上がり。韓国の若者のみならず、欧米系の外国人もかなりいて、街のあちこちにあるクラブやバーからは大音量の重低音がこぼれ聞こえて来ます。雰囲気で言うと六本木や渋谷の道玄坂に近い感じでしょうか。

朝まで若者でごった返すクラブの中に混じって、複数のゲイ向けクラブが点在しています。

この日は、僕の日本にいる韓国人のゲイの友達も、ソウルの地元のゲイたちも口を揃えて楽しいと言っている「GRAY」というクラブへ行きました。


【GRAYさんのFACEBOOKページ】

https://www.facebook.com/club.gray

【マップはこちら】




入ってみてビックリ!もう大盛り上がりです。そしてけっこう広い!!
キャパで言ったら400人くらいは入りそう。ちょうど、麻生十番にあったWarehouseくらいの広さでしょうか。

そして、当初からの噂通りソウル中の若いイケメンゲイたちが勢揃いじゃありませんか!(笑)

前にソウルを訪れたのはちょうど5年くらい前だったのですが、その時はソウルのゲイカルチャーはもっとおとなしいイメージで、現地のゲイとの交流もほとんどなかったので、前回訪問時とのあまりのギャップに驚き。

いやはやあまりに楽しくてあっという間に明け方を迎えて、薄っすらと明るくなり始めた頃にタクシーでホテルへ帰りました。


■ちゃんと昼間の観光もしましたよ(笑)

そんなわけで、せっかく海外に来たのですから、夜遊びだけじゃもったいない!と、欲張りな貧乏性根性を発揮し、翌朝は9時には起床。

実は前日にGRAYで仲良くなったゲイが遊んでくれるとのことだったので、朝ごはんを食べてから待ち合わせて、旧王宮の景福宮へ。

ホテルも実はこの景福宮の近くでして、その辺りは非常に古い町並みを残した古都のような場所。趣のある路地が入り組んでいて、ちょうど鎌倉のような雰囲気の場所です。泊まったところもホテルというよりは民宿のような宿で、古いお屋敷を民宿に改造したところでした。

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↑こんな感じのお宿。

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↑中庭で朝食のビビンバをいただきました!


景福宮は朝鮮王朝時代の王宮なわけですから、中国の影響も強かったせいもあるのか、非常に華やかな色使いの建物や内装の建物が多く、広々としていて見応えがありました。

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↑定番の撮影スポット。

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↑タイミングよく朝鮮王朝時代を模した楽器演奏や隊列のショーを見ることができました!


その後は併設の博物館に行ったり、すぐ近くにある、ハングル文字を発明した世宗(セジョン)という14世紀の科学者の博物館に行ったりして、一緒にいた子もゆっくりとした英語でいろんなことを解説してくれて、とても楽しく過ごすことができました。

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↑無料でハングル文字を書けるコーナーがあったので思わず(笑)

景福宮近くで軽くランチをした後、その子とはお別れをして訪れたのは、安国(アング)にあるキムチ博物館(笑)

キムチ作りの体験ができるとのことで、日本からネットで予約をしていました。
先生役の中年の女性は、最初の方ずっと日本人だと思っていたくらい、本当に日本語が堪能。
オーナーさんも優しげな中年の男性で、折にふれては僕のiPhoneで撮影をしてくれました。

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↑「キムチは買うもの」の発想でしたが、作ってみるといろんな製法があって奥が深い。


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↑この日はちょうど中国人の団体さんが去ったあとでお客さんも少ない時間だったため、特別に朝鮮王朝時代の衣装を着せてくれました(笑)。やっぱり最近の情勢も影響してか、日本人のお客さんが全然いなくなったと先生もオーナーさんも嘆いていました。


ここでキムチづくりを体験した後は、エステ&垢すりに行ってリフレッシュしたあと、ホテル近くの古い建物を改装したクラシカルな雰囲気のレストランでユッケジャンスープをいただき、ちょっとホテルで休んでからいざ、ソウル2日目の夜が始まります!

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↑ホテル周辺は朝鮮式の古民家を改造したおしゃれでクラシカルなレストランや雑貨屋さんが立ち並んでいました。


■魅惑のサタデーナイトinソウル!

金曜の夜でさえあちこちかなり盛り上がっていましたが、土曜の夜はもっとすごいらしい。
ひとまず、再びチョンノに行き、韓国資本のチェーン店と思しき喫茶店に入ると、あらまぁオカマだらけ(お店の名前は忘れました・笑)
まるで土曜の夜の新宿三丁目のスターバックス状態です。ゲイのやることは万国共通ですね…。

レジに並んでカフェオレを頼んでいると、店の奥から僕の名前を呼ぶ声がしたので、「えー、まさかここ外国だし…」と思って振り向くと、昨日クラブで仲良くなったソウルのゲイの子が2人!!(笑)

いやはや、どこもかしこもゲイのコミュニティは狭い(驚!!)
確かに、新宿のコミュニティでさえ狭いと感じるんですから、ソウルのコミュニティの密度は非常に濃いわけですね。

コーヒーをいただいた後は、チョンノにある「FUKUROU」という昔ながらのカラオケバーへ(笑)
ここはちょっと年齢層が高めでかなり昭和な雰囲気。けど、客席があってステージで2曲ほどカラオケを歌うシステム。

日本語の歌もたくさん入っていたので、僕も遠慮なく歌って、周囲の席のオジサマたちと盛り上がり、0時前にはお店を出て、またまたお楽しみのイテウォンへ♡

この日は前日にGRAYがあまりに楽しくて行けなかった『Pulse』へ。ここも日本在住の韓国人の友人にオススメされたクラブです。タクシーを降りてみてビックリ!!あれれれ、、、昨日のGRAYの斜向かいじゃないですか(笑)
こんなに近いなら昨日行っておけば良かった。。。

【PulseのFACEBOOKページはこちら】

https://www.facebook.com/pulse.seoul

【マップはこちら】



そう思いつつも入場してみると、こちらは昨日行ったGRAYよりも更に広い!!キャパで言えば600人くらいは入るのではないでしょうか。

ただ、土曜日はイテウォン全体のピークタイムが全体的に遅いみたいで、0時ちょうどくらいはまだまだフロアにお客さんが全然いませんでした。

ひとまず荷物だけ預け、周辺を探索してみることに。
ネットで調べていたら、どうもイテウォンにも裏路地の方に「ゲイヒル」と呼ばれる細い坂があり、そこに数店舗ゲイバーが立ち並んでいるとの噂を聞きつけ、ちょっと探してみることに。

iPhoneのマップを片手にフラフラしていたら、ありました!!おそらくここがゲイヒルってところが。

ただ、どこのお店が楽しいとか、そういう情報が一切なかったのでちょっと立ち止まって観察して、イケメンがたくさん入っていってる店に入ることに(爆笑)

そのお店は『Queen』というお店でした!

【QueenのFACEBOOKページ】

https://www.facebook.com/queenbar

【マップはこちらから】




ここもHOUSEやR&Bがかかるクラブスタイルのお店ですが、あくまでショットバーという位置づけのようで、特にエントランスフィーはかかりません。自由に出入りできて、カウンターに行ってお酒を頼むだけ。

お酒もビールが5000ウォンくらいで、周辺のクラブよりも安めの料金設定。そのせいもあるのか、この店は20代前半~中盤くらいの、僕よりもちょっと年下くらいの若い子たちが一番のボリュームゾーンになっているお店でした。(※年代的にも兵役から帰ってきたばかりの子たちで、みんなめちゃめちゃ可愛かったです・笑)

気付けば時間も2時頃を回っていたので、再び先ほどのPulseへ戻ってみることに。
すると、あらまぁあっという間にフロアは超満員ではありませんか!

都心にあるクラブにしてはかなり広めの箱なのに、ソウルのパワフルなイケメンゲイたちで大繁盛です。踊って、飲んで、現地のゲイと仲良くなって…。もう本当に楽しい夜を過ごしていたら、またもやあっという間に夜明けです(笑)

4時過ぎにはタクシーに乗ってホテルへ帰りました。


■いろいろ難しい問題もありますが…

2泊3日の旅行でしたが、本当に寝る暇も惜しんで楽しめた旅でした。
観光は何より、こうして現地のお仲間さんたちと仲良くなってコミュニケーションが取れたり、向こうのコミュニティに少しだけお邪魔させてもらえるのも、ゲイの個人旅行ならではの醍醐味。

政治や外交面では、日韓関係は最悪です。韓国の大統領や政治家の反日的言動もヒートアップしていて、正直日本人として憤りを覚えるような暴言や誹謗中傷も散見されているのもまた事実。

僕自身、日本国内の嫌韓的な言説に一定の共感さえしていた昨今。ただ、そんな状況にもかかわらずこれだけ充実した旅になったということは、多くの旅行好きのゲイたちが語ってきたように、いかに「ゲイに国境はない」、ということの現れかということだと思います(笑)

そして、前回の日記でも書きましたが、アジアの若者たちにとって日本や東京はやっぱり憧れの地。出会ったゲイたちも、自身が日本に行ったときの思い出話や、いつか行ってみたいという話をしているとき、本当に楽しそうな表情をしていたのが印象的でした。

国のトップや代表たちは、国益や自国民の利益のために時には一触即発の事態も恐れずに行動することも大事ですが、こうしたシチュエーションで会うときは「国と国」ではなく、あくまで「人と人」なんだなぁと実感。

それぞれのバーやクラブの場所も掲載しましたので、これから韓国旅行に行く方はぜひご参考までに。

※ここに記載したお店の情報は2014年6月現在のものです※


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【映画レビュー】『The Lady―アウンサウンスーチー 引き裂かれた愛』

どうも、英司です。
いよいよW杯が始まりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。初戦は残念な結果でしたが、ぜひ次へ活かして欲しいですね!

引き続き日本代表選手を応援していきたいと思います。

■久々の映画レビュー

そんなわけで、最近はだいぶお休みをしていた映画レビューを書きたいと思います。

本日ご紹介するのは、この週末DVDで見た映画

『The Lady―アウンサンスーチー 引き裂かれた愛』




この系統の映画を見てここまで感銘を受けたのは久々でした。
いわゆる史実を元にしたノンフィクションものですが、日本ではスーチーさんの名前はよく報道がされるものの、ミャンマーの軍事独裁政権の実態はあまり詳細に報道されていないようにも思います。

なので、初めて知ったような出来事も多く、とても衝撃的な映画でもありました。

■あらすじ(ネタバレあり)

英国人の旦那さんと国際結婚をし、オックスフォードにて旦那さんとお子さんに囲まれて平和で幸せな生活をしていたスーチーさんでしたが、スーチーさんのお母さんの病状が悪化したのをきっかけに、ミャンマーへ一時帰国。それが1988年のことでした。

そこで見たのは変わり果てた祖国の姿でした。

軍事独裁政権による恐怖政治、弾圧、迫害に苦しむ市民たちの姿と、傲慢な兵士たちによる市民への暴力、そして日常的に起こる虐殺。

母の入院する病院にまで兵士たちが乗り込んできて、デモ活動をしていた市民を殺しにくるシーンなど、非常に痛ましい。兵士たちの「俺らにはお前らを殺す権利がある」というセリフを聞いたスーチー氏。

そして街のあちこちで繰り広げられる民主化を求める市民によるデモ活動を見ると、そこに参加する人々はある写真を掲げています。

その写真の人物こそ、ミャンマー独立運動の指導者で、スーチー氏の父、アウンサウン将軍でした。

アウンサウン将軍はミャンマー独立後、欧米や日本のような民主主義国家の建設を計画していましたが、スーチーさんがまだ幼い頃、独裁政権の樹立を目指す勢力に暗殺されていました。
そのアウンサウン将軍は、民主化を求める市民たちにとって英雄のような存在になっていたのです。

アウンサウン将軍の娘が一時帰国しているらしいという噂は瞬く間に街中に広がり、スーチーさんが滞在していた実家には毎日のように市民が訪れ、「今この国を救えるのはあなたしかいない」と、ミャンマーに残ることを嘆願。

祖国の惨状と弾圧された民衆たちの姿を見てしまったスーチーさんは、ミャンマーに残り、民主化運動に合流することを決意。しかしここからが苦難の人生の始まりでした。

そのとき、一緒に滞在していた英国人の夫が突如ビザを取り消され、強制的に帰国させられたり、スーチーさんに会っていた市民を「危険人物」と指定し、政権は次々に殺害をしたり、強制労働所へ送るなどしていきます。

この辺りの描写は、恐らく現実に忠実なものだったかとは思うのですが、北朝鮮も驚くほどの残虐さです。

長く辛い自宅軟禁生活が始まり、24時間軍に監視される生活。
また、突如息子たちのミャンマー国籍が剥奪され(英国は多重国籍を認めているため、息子さんたちは英国籍とミャンマー国籍の2つを持っており、自由にミャンマーに入国できた)、もう息子たちにも会えなくなってしまいます。

夫も何度ビザの申請を行っても断られるようになり、事実上ミャンマー政府はスーチーさんを家族から遮断。何年もの間、家族と連絡が取れない状態が続きます。

そんな折、スーチーさんにノーベル平和賞が授与されます。代わりに賞状を受け取った長男の立派なスピーチをラジオで聞きながら泣き崩れるスーチーさん。

その後、日本政府なども映画に登場し、ミャンマー政府に圧力をかけたことで一時自宅軟禁は解かれます。しかし相変わらず家族とは引き裂かれたままで、何かにつけてミャンマーの独裁政権は難癖をつけて自宅軟禁と解除を繰り返す日々。

そんな折、英国の旦那さんが癌に罹っていることが判明。もう余命も数ヶ月だというのです。この時ミャンマー政府からも英国に帰国するように強く薦められ、気持ちが揺れ動くも、英国の旦那さんは言います「それは罠だ。君が英国に帰ったら、もう永遠に君をミャンマーに入国させないつもりだ。ここに来てはいけない。ミャンマーに残って祖国のために頑張ってくれ」と。

そうして結局旦那さんの死に目にも立ち会えず、失意の底にいるスーチーさんでしたが、軟禁状態でありながらも情報を発信し続け、海外からもその運動が知られるようになり、欧米や日本からの圧力に屈する形でミャンマーでもついに民主的な選挙が行われることに。

当然のことながら軍事政権は大敗し、スーチーさん率いる国民民主連盟が多くの議席を獲得。しかし、軍はこの2014年にいたるまでまだ政権の座にしがみつき、反対する市民を殺害し続けています。

数えきれないほどの市民を虐殺してきた軍事政権がスーチーさんを生かし続けるのは、もしスーチーさんを殺害すると父と同様に英雄となり、国民が蜂起することが目に見えているから。

民主化運動の指導者としての印象が非常に強いスーチーさんでしたが、この映画では誰かの妻として、誰かの母としての側面も非常によく描かれており、何より、自動小銃で武装した兵士たちを相手に言論と非暴力的な方法でのみ立ち向かっていく姿は、ニュースなどで見るスーチーさんのイメージだけでは知り得ない側面だった気がします。

また、軍事独裁政権の腐敗ぶりはあまりにもひどく、しかもこれは過去の話ではなく、21世紀になったこの現在でもずっと続いていることだということが信じられないし、悲しい気分になります。

日本では、日本に敵対心があるという理由から北朝鮮の内情がよく報道されていますが、ああいった体制の国家が他にもたくさんあるということですね。

先進国に生きる人間には想像もつかないような人権侵害が公然と行われている国が、いまだにこの世界にはたくさんあるということでしょう。

事実は小説よりも奇なりという言葉もあるくらいですが、作り物のフィクションよりもある種のドラマチックさを持った作品です。
普段はアクション系映画のイメージが強いミッシェル・ヨーの熱演も見どころです。


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いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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