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『アナ雪』に魅せられて ―ディズニーvsフェミニズムの話―

どうも、英司です。ついに突入しましたゴールデンウィーク!!
僕はこの季節が夏と並ぶくらい大好きです。会社はカレンダー通りのお休みですが、ちょくちょくイベントに出かけたりホムパしたりと楽しんでます!!




■「アナと雪の女王」とても良かった!

社会現象にまでなっている『アナと雪の女王』ですが、僕も先日見てきました。
去年くらいに予告編を見て「ああ、音楽良さそうだな」くらいの印象しかありませんでしたが、いやー、めちゃくちゃ良かった!!

もうiTunesでサントラまで買って、ヘビーローテーションで聴いているくらいです。


↑Let it go 25ヶ国語リレーバージョン


↑一番好きな曲「生まれてはじめて」


最初、友達が一緒に見ようと言ってくれて見たのがきっかけでしたが、もう誘ってもらって感謝です。吹き替え版を見たのですが、松たか子さん、神田沙也加さんともに大健闘!!素晴らしい歌声と演技で、もう役にハマりまくってました。

松たか子さんは松本幸四郎の娘としてデビュー。デビュー後すぐに月9ドラマの助演に抜擢されたりCDを出したりしていましたが、「親の七光り」と、当時冷ややかな批評も少なくなかったと記憶しています。

神田沙也加さんに関してはその視線がもっと露骨で、松田聖子の娘ということでデビューするも、妻夫木聡と出演した映画『ドラゴン・ヘッド』は大コケし、実際に演技のレベルもそんなに高いとも言えず、執拗なバッシングの嵐に巻き込まれてしばらくは表舞台からは消えていってしまっていました。

ただ、神田さんもしばらく芸能活動を休止している時に大のアニメ好きだったこともあって熱心に声優の勉強をしていたとか。

そんなバックグラウンドを持つお二人が、ディズニー初のダブルプリンセスが主人公の映画で主役に大抜擢されたわけです。

デビュー当初のお二人のバックグラウンドを批判するような声をすべて跳ね返すような文句なしの完璧な作品だったんではないでしょうか。むしろ、日本を代表する歌舞伎役者の娘さんと昭和のスーパースターの娘さんという、サラブレッドの余裕すら感じる演技と歌声でした。

本当に素晴らしかったです。英語版もぜひ見に行きたいと思います。



■実はディズニープリンセス映画と聞いてナメてました(笑)

というのも、僕には姉が2人もおりますので、幼い頃から実家にはディズニープリンセスが主人公のビデオやグッズがいくつもありました。

記憶してるだけでも『眠れる森の美女』『白雪姫』『シンデレラ』は家にビデオがあり、何回も見ていたのですが、幼い頃の自分が見てもどうにもこうにも同じような話ばかりで、到底幼少期の男の子としては退屈な内容に感じていたものです。

唯一、小学校の時にやっと自分の希望が両親に受け入れられて買ってもらえた『アラジン』のビデオはとても好きで、あの作品は日本でもかなりヒットし、その後ヒロインのジャスミン姫は見事に唯一の「有色人種プリンセス」としてディズニーの主要プリンセスの仲間入りを果たすわけですが、『アラジン』の物語そのものは前出のプリンセスが主体の映画とは違って、あくまでも主人公はジャスミンではなく青年のアラジン。

ジャンルも前出のお姫様系映画ではなく、貧しくも心豊かなアラジン青年のアドベンチャーが主体で、ジャスミン姫はあくまでアラジン青年が冒険の途中で出会う助演的な位置づけの作品でした。

ただ、ジャスミン姫のオリエンタルでミステリアスな美貌のインパクトは非常に強く、シンデレラや白雪姫、オーロラ姫に並ぶディズニープリンセスとしてたくさんのディズニーグッズに登場しました。


■ディズニープリンセスはステレオタイプ?

ディズニー作品に登場するプリンセスは、常にフェミニズムの批判にさらされてきたのはとても興味深い話です。

『白雪姫』は戦前に公開された映画で、初代ディズニープリンセスとも言えます。『眠れる森の美女』の公開と『シンデレラ』の公開はだいぶ時代は下りますが、1950年代。

これらの物語の特徴は、か弱く育ちの良いお姫様がかわいそうな目に遭って、どこからともなく現れた王子様が助けてくれて全部解決、というあらすじはほとんど一緒。お姫様が劇中で求められることと言えば、辛くても愚痴もこぼさずひたすらじっと我慢することで、その時代の理想的な女性像が垣間見れます。

こうしたアニメ映画は米国国内のみならず、世界中の幼い女の子に強い影響をもたらしました。
1960年代~70年代頃になると西側諸国で民主化運動の嵐が吹き荒れ、人種解放運動やフェミニズム運動が台頭。そのときにディズニーのプリンセスが主人公になった作品は、「女性はか弱く男性に頼るべき存在」という旧来的な女性像を補完・助長するもので、しかもそれが世界中の幼い女児に強い影響を及ぼしていることがフェミニストの間で問題視され始めます。

これらの批判は個人的にはどうも「難癖」のような気がしてどうなんだろうとは思っていましたが、よく調べると、ウォルト氏は政治的には非常にタカ派色が強く、実際、第2次大戦中は愛国心高揚のためのプロパガンダ動画の制作なども行っていて、「男尊女卑で、人種差別的」という当時の一部のアメリカ人からの評判はあながちまったくの嘘、というわけでもなかったようです。

こうした「ディズニー批判」が噴出しはじめた時代とウォルト・ディズニーが亡くなった時代は重なり、なおかつそれに追い打ちをかけるようにライバルであるハリウッド映画が再び盛り上がりを見せた時代が到来。久しくディズニーは低迷期を迎えました。

しかし一方で、ディズニー映画の制作チームもウォルト氏の意向や顔色をうかがいながら脚本を書く必要がなくなり、久々のプリンセス系映画となった「リトルマーメイド」は世界的大ヒットに。プリンセスはかの有名な人魚姫「アリエル」。人間の生活に憧れるアリエルは、これまでの慎ましやかで我慢強いプリンセスたちとは違い、外の世界の生活に憧れる社交的で活発な女の子、と言ったキャラ設定。

ただこの作品も、「一見これまでのディズニー映画の枠を破ったように見えるが、結局は生家を捨てさせる白人の王子様に嫁ぐことこそが幸せというメッセージが含まれていて、男性主義的で人種差別的」というクレームが入ったそうです。(個人的には、そんな無理矢理な!とは思いますが…)

そしてリトルマーメードから2年後に公開、ヒットした「美女と野獣」のプリンセス「ベル」は、アリエルよりも更に進んだキャラクター設定で、下町の天真爛漫なお嬢さんと言った設定。大変な読書家で、女性だけど教養があり、なおかつ貴族階級ではなく下町のごく普通の家庭に生まれた明るくて若い女性という設定も新しい試みでした。

父親が野獣の住む呪われた城に幽閉されたことを知ったベルは、自らが城に出向き父親の身代わりになると申し出、その恐ろしい呪われたお城に住むことに。

まぁそこからいろいろあって、ラスト、お互いを気遣い想い合う真実の愛を見つけることができた呪われた野獣の王子はその呪いが解けて、人間の姿に戻り、ベルと王子は祝福の中末永く幸せに暮らしました、という話しなわけですが、この作品、あらゆることがディズニー映画としては型破りでした。

プリンセスが平民、ということもそうですが、プリンセスが我慢強く王子様が現れるのを待つストーリーではなく、愛の力で呪われた王子様を助けてあげる、というストーリーはこれまでのディズニー映画の展開とは真逆と言っていいほど新しかったようです。

今でも美女と野獣はディズニー映画有数のヒット作であり、なおかつディズニーのプリンセス系映画の中の異端作として有名です。

ただ、この作品にもフェミニスト団体からはクレームが入ったとか。
今度問題視されたのは、前出のベルが父親のために身代わりになってお城に住むシーンです。

恐ろしい獣が住むところに、若い女性が自分の命の危険も顧みずに父親の身代わりになって一人滅私的に自身の身を差し出すのは非常に問題のある描写だそうで、もしこのベルのような女性が現代社会に生きていたとしたら、男性から家庭内暴力を振るわれても自分の責任と思い込み、両親や友人などにSOSのシグナルを出せないDV被害者の女性たちの性格と非常に重なる部分がある、との指摘です。

また、こうした女性像をまだ幼い子どもたちに美化して提示することで、悪影響を及ぼしかねない、というのが当時のフェミニスト団体の主張だそうです。(もうここまで来ると、あら探しをしているような印象さえありますが…。ただそれだけディズニー映画が世の中の幼女に与える影響は絶大であることの裏返しなんでしょうね)

その数年後、「アラジン」の大ヒットによってこれらのプリンセスにジャスミン姫が加わりました。その後は「ポカホンタス」や「ムーラン」など、そこそこ流行ったものの前出の作品ほどのメガヒットにまでは至らなかったプリンセス系映画が続きましたが、満を持して封切りされたのが今回の「アナと雪の女王」です。


■公開前から型破りだった「アナと雪の女王」

最初にこの作品の予告編を見たのは昨年暮れか今年はじめくらいだったと思いますが、この予告編もこれまでのディズニー映画とは違いました。

予告編の全編に劇中歌の「Let it go」を流し、圧倒的な歌唱力と映像美を強調。全体的になんとなく大人っぽい雰囲気の予告編でした。


後にウォルトディズニージャパンのPR担当の方のインタビュー記事を読んだのですが、実は日本国内で流されたこの予告編、本国のウォルトディズニー本社からは難色を示されたとか。

ウォルトディズニー本社によると、米国国内では原則としてディズニーアニメの主要ターゲットはあくまで幼児~子ども。米国内で放映された同作品の予告編も、「雪だるまつくろう」をバックに、かわいらしくコミカルで、幼児などもその音楽と動きだけを見ても楽しくなるようなシーンだけを切り取って集めたものだったようです。欧州など他の国も、この基本コンセプトを踏襲したそうで、「アニメ=子ども」というのは誰も疑わない大原則。

ただ、日本だけがこれに歩調を合わせなかったそうです。
日本の場合、宮﨑駿監督や押井守監督の作品群など、大人向けのアニメ作品も多くあり、諸外国ほどに「アニメ=子ども」という固定概念は薄かった上に、日本の幼児や児童の人口は少ない。ウォルトディズニージャパンも深刻な少子高齢化に頭を悩ませていたときに過ったのが、昨年の「レ・ミゼラブル」の記録的大ヒットだったそうです。

昨年のレ・ミゼラブルの主要な客層は30代の女性たち。
ウォルトディズニージャパン社は、日本には美しい音楽と映像が流れるミュージカルが心の琴線に触れる大人がたくさんいることに狙いを付け、敢えて「アニメ」という切り口よりも、「ミュージカル」という切り口を強調した大人に向けたプロモーションを行ったそうです。

しかも、30代女性で既婚者、子どものいる人と言えば、ちょうど子どもが幼児~児童。本国のウォルトディズニー社が本来のターゲットとしている層と重複します。

ウォルトディズニージャパン社は、30代の女性の間でこの作品がヒットすれば、他の世代にもブームが伝搬すると踏み、米国本社の意向を突き返してこの戦略を貫く決断をしたそうです。


(一広報担当者としては、この意思決定をした人かなり尊敬します…。)



(ここからネタバレ。まだ見てない人はご注意を!)やっぱり内容も型破りだったアナ雪!

こうした経緯から見て、ディズニープリンセスは常にその時代のフェミニズムからの指摘や批判を受けてきたわけですが、裏返せばその時代のややシンボリックな女性らしさが表現されていたのかもしれません。

今回見た「アナと雪の女王」は、前出の異端作「美女と野獣」の制作チームが手がけたとのことで、やはりこの作品もこれまで踏襲されてきたディズニー映画のセオリーからは外れており、良い意味で期待を裏切る作品でした。

雪の魔法を持って生まれてしまった影のある王女エルサと、エルサとは対照的に明るく社交的で多くの人から愛されるキャラクターの妹アナのダブルプリンセスが主人公だったわけですが、最初まったくの前情報がない状態で見たとき、開始20分くらいは恐らくエルサに雪の魔法をかけた魔女か怪物か何かがいて、突然現れた騎士なり王子様なりがその魔女と戦って、困難に打ち勝って2人は結婚してハッピーエンド、それをエルサの妹目線から見た物語かなと思っていたのですが、これはまったく違いました。

まず2人のプリンセスの振る舞いやキャラクター設定からしてこれまでの作品とは違いました。
アナの天真爛漫さは、現代風の明るい女性の要素を意識的に取り入れたアリエルやベル以上に自由で、王女とは思えないほどの親しみやすさを感じさせ、社交的で庶民的な雰囲気を持たせていました。

そしてもう1人のプリンセス、エルサは無口で我慢強く、悲劇性を感じさせる影がある部分はこれまでの典型的なプリンセスと重なる部分もありますが、早くに両親を亡くしているので非常にしっかりしているところもあり、アナがハンス王子と結婚したいと言ったときに「それはダメです」と毅然と振る舞うアナの親代わりとしてのしっかり者の一面も見せます。

物語が進むにつれて、魔女や怪物などといった突飛な第3者が現れて困難を与えるのではなく、主演であるはずのエルサがアナたちに困難を与える役回りになったり、ヒーローのごとく現れた若い二枚目のハンス王子が、突如アナとエルサの殺害を企てる悪人であることが判明したりと、中盤のかなりカオスな展開も軽快で美しいミュージカルとともに物語が進んでいきます。

何よりラスト、なんだかんだいろいろあったけど結局はお金持ちな男性と結婚してハッピーエンド!というディズニープリンセス系映画のセオリーを大きく逸脱し、ラストシーンはこれまでのようにみんなに祝福される結婚式のシーンではありません。

エルサの相手役候補は終始出てきませんし、アナの最初の相手役候補のハンス王子は途中から悪役になってしまうし、良い感じになる心優しくもワイルドな山男のクリストフとも、かなり良い仲になるようですが、素敵なソリをプレゼントして喜び合うところまでしか描かれず、その後の2人はどうなったのかは曖昧なまま終わっていきます。

「いつかパーフェクトな男性が現れてその人がすべての願望を満たしてくれる」という筋書きは、もしかすると少し古めかしい価値観になってきたのかもしれません。

そういうある種の牧歌的な価値観を割と大事にしてきたディズニーでさえ、今回は趣向を変えて、「誰かに決められた幸せのあり方に自分を押し込めたり、自分の本来の姿を押し殺すのはもうやめて、自分らしく生きて行くことこそ魅力的な生き方なんだ」という新しいメッセージが多く含まれていたように感じました。

フェミニズムの指摘の影響を受けているのかいないのかはわかりませんが、やはり映画には、その時代の世相や価値観が色濃く反映されるなぁと感じる作品でした。

特にディズニープリンセス系の映画に関しては、もう70年以上の歴史がありますので、こうして時系列を追ってみるととてもその時代時代のシンボリックな価値観や生き方が垣間見れて面白いですね。

20世紀から21世紀にかけて、男性的な価値観や男性の生き方の典型例にはそれほど劇的な変化はなかったように思いますが、女性の価値観や生き方はこの数十年でとにかく激変した面もあるので、こうした女性像の変化を追って見られるのも、ディズニー映画の楽しみ方の一つかもしれません。




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プロフィール

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Author:英司
いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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