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じゃんけん効果

どうも、英司です。
連休中、更新が滞ってしまってすみませんでした。
このGWは本当に楽しかった!高円寺びっくり大道芸に始まり、京都、奈良、大阪への旅行、実家への帰省など、たっぷりお休み気分を味わえた連休でした。

と、まぁ連休中の思い出話は置いておいて、今日の本題。

「じゃんけん効果」とは一体なんでしょうか。

明確な定義はありません。ただ、自分が思うに友達関係でこの「じゃんけん効果」という言葉を使う場合は、例えば何か衝突が起きて関係が拗れそうになったとき、「自分のこんな所が悪かったと思う」と自分から自分の反省点を述べれば、それを聞いた相手も自然と、「自分のこんな所も悪かったと思う」と言い出すような、そんな効果を「じゃんけん効果」と呼ぶことにしたいと思います。

長く人付き合いをしていると、当然衝突や摩擦を生む場面はありますよね。でもその度に正面衝突を繰り返していては、あまり大人の友達関係とは言えないと思います。
衝突をすればするほど仲良くなるとか、真正面からぶつかり合うことが真の友達だとか、そういうことを言いたい人がいるのもよくわかります。

でも、限られた自由な時間で心地よい関係を築いていきたいと願う大人同士の関係においては、そういった「正面衝突」は必ずしも合理的なやり方ではないし、限られた時間の多くを衝突や小競り合いに消耗してしまうのはとてももったいないことです。

争いを回避することも大事ですが、人間関係なんて不測のものですから、それでも感情的になってしまったりだとか、回避しようと心がけていても、どうしても結果的に衝突してしまうことはきっとあると思います。自分にだってそんなことはたくさんあります。

でも、そこから修復できるか、できないかのボーダーラインが、まさにこの「じゃんけん効果」にあるのではないでしょうか。
以前、僕も仲の良い友達3人の間で、少しの、本当に今思えばくだらないことで関係が拗れそうになってしまい、しばらく3人それぞれが連絡を取らなくなっていたことがありました。

少しだけ時間を明けて久々に当事者のうちの一人の友達と会い、なんとなくぎこちない会話をし終えた後、勇気を出して言いました。「今、3人の友達関係が拗れてしまっている感じがするけど、もしかするとそれは自分のせいかもしれない。あの時、あんな風に言うべきじゃなかった。気まずい思いをさせてしまってごめん」と。

そうするとその友人は言いました、「いやいや、今回の件はそもそも自分があんなこと言い出さなければ・・・。悪かったね。」と。
そうしたら本当に、それまでなんとなく避けていた「あの件」についてお互いが思ってること、反省してることをまさにじゃんけんが始まったかのように言い合い、最終的にその日会っていた友人の彼は笑いながら「んー、まぁ、今回のことはみんな責任があるし、もしくは誰も悪くなかったってことだよ。ケーキじゃないけど責任は3等分ってことで(笑)」と言いました。

「責任は3等分」って、すごく良い言葉ですよね。

僕らはその日のうちにもう一人の彼にそれぞれが連絡を取りました。それぞれ自分が悪かったと思うことを述べると、幸いにして彼もこの「じゃんけん効果」を持ち合わせていた人で、事なきを得て無事にそれまで通りの心地よい関係に戻ることができました。

自分が正しいと信じることは大切です。ただ、「正面衝突」をしたがる人には、この「じゃんけん効果」が期待できないことが多いのも事実です。むしろじゃんけん効果を期待してこちらが何か反省点を述べたり、譲歩しようものなら、今度は「全面的に俺が正しいと認めろ!」という方向に話を持っていかれたり、「ほらみろ、俺が全面的に正しくてお前が全面的に間違っているんだ。だから他の項目についても全部謝罪しろ!!」と、さながら戦後補償を求める中国や韓国の外交手腕のような態度に出られることさえあります(笑)

でも、これじゃあ人間関係として成立しません。
残念なことに「正面衝突」派の人は、人としての「強さ」を勘違いしてしまっていると思えて来さえします。
「何かしらの衝突が起きたとき、100%どちらかが悪くて、100%どちらかが正しいなんてことはありえなくて、大概にして両者が良い面、悪い面のどちらも内包しているものなんですよ」なんていう生易しい諭しなんて、そういうタイプの人にはまったく無駄です。
「正面衝突」派の人は、こちらがくたびれて「もうどうでもいいよ、わかったわかった私が悪ぅござんした」となるまで執拗に議論を吹っかけてきます。

学生の頃なら、こういうタイプの人に一人ひとり議論をする余裕もあったかもしれませんが、社会人として少しでも自由な時間を豊かに暮らしたいと願うようになってからは、早々に議論を切り上げて「はいはい私が悪かったですぅ」となることが増えたと思います。

「正面衝突」派の人は、それで満足しているかもしれません。「俺は議論をしたことによってこの人とまた更に仲良くなれた」と。

しかし実際は違います。その逆です。

そもそも最初から譲歩の余地のない言い争いなんて「議論」とは呼びませんし、そうやって相手を屈服させて満足気かもしれませんが、それは相手が一歩大人だからか、もしくは呆れられてるかであって、必ずしも「正面衝突」派の論破した内容を納得しているわけではないことも特筆すべきことでしょう。

やっぱり自分としては、「じゃんけん効果」を期待できるような相手との方が、心地よい関係を築いていけると思うし、実際に現時点で自分が良い関係を築けている友達のほとんどが、「じゃんけん効果」を持ち合わせている人ばかりだと認識しています(実際にそんなに多くの人と衝突状態になったことがないからわからないけど、肌感覚的に・笑)

実際、緊張状態にある場面で「自分のこんなところが悪かったと思う」と切り出すことは、すごい勇気のいることです。同じ経験のある人ならわかりますよね?
じゃんけん効果の深層心理の部分って、きっとその「勇気」に反応して起こる効果だと思うんです。
この人はこんな状況でこんなことを言ってる。自分も突っ張ってちゃいけないなと、ある種の「共感」が生まれて起こることだと思うんですね。

しかし、そこの「共感」が欠如してるとやっぱり正面衝突になっちゃう、この件について謝ったんなら次はこの件について謝れ!その次はこの件だ!!と。

相手がどれだけの勇気を振り絞って自分から反省点を述べたか、少しでもそこの「共感」できたなら、そんな理不尽な要求は突きつけませんよね。

あまりに「正面衝突」派の人が増えてしまうと、今度は本来「じゃんけん効果」を持ち合わせているはずの人まで、「1つでも自分が悪いと認めたら全部について謝罪を要求されるから、自分は絶対悪いと認めない!」と、態度を硬直化させかねないと思います。

なので、自分のことじゃなくても「正面衝突」派の人と「じゃんけん効果」を持ち合わせている人との小競り合いは見たくありません。あんまりひどくなると、「じゃんけん効果」の人までその後の人生を「正面衝突」派として生きていくことになるかもしれないから。その両者の衝突で割を食うのは、絶対に「じゃんけん効果」の方の人ですから。

自分自身、本当に気を付けていかなければと思います。
自分自身も、少し負けず嫌いなところがあり、昔はよく議論なりなんなりをしてきた口ですから。
前出の仲の良い3人が関係を崩してしまったときの話にしたってそうです。
あの時、もし誰か一人でも「正面衝突」派の人がいたとしたなら、絶対に関係は修復されず、そのまま互いに連絡も取らず、それぞれが単なる疎遠な人に落ちていたことでしょう。

少しの見栄とかプライドとか負けん気が、人間関係を崩壊させかねないのが、大人同士の友達関係なんだと。
自分自身も肝に銘じていきたいと思います。そして、人に「共感すること」。
これって簡単なようですごく難しいですよね。でもその「共感」こそが素敵な人間関係を作るキーワードになってくるんだと思います。


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いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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