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大人の友達関係について

どうも、英司です。気付けば2月ももう終盤。本当に早いですね。
今年は寒波に見舞われ、東京でも氷点下を記録するなど、いつもの冬よりも厳しい寒さでした。だからなのか、梅の開花も2週間ほど遅れているようですね。

でも、梅が咲くシーズンになると、ちょうど桜もつぼみになり始め、春を実感しますよね。
暖かい季節が好きな自分としては、とても心が躍るシーズンでもあります。

2月は自分の誕生日だったこともあり、本当にいろいろな方に祝ってもらいました。
そのためか、今一度「友達」について考える機会も多かった月でもありました。

今回は大人になってからの友達付き合いについて書きたいと思います。

■持つべきものは友達です

この年になると、もう付き合いの長い友達もちらほら出てきます。
自分の場合、大学に入学した年が9年前、ゲイコミュニティにデビューしたのが約7年前になりますので、長い友達では9年~7年くらいの付き合いになります。

その間に、自分の考える「友達」の内容も変わっていきましたし、それに合わせて付き合う友達も変わっていきました。
しかしそんな中でも、9年~7年の間ずっと友達でいられている人の共通点は、学生から社会人になるにつれて、同じような環境の変化を体験し、同じ速度で成長をしてきたことだと思います。

自分も学生時代の在りし日は議論好きの青臭い青年だったと思います。
一緒に議論や討論ができ、今の社会の不条理についてや、正義について語り合える友達を「友達」と思っていました。

でも社会人となった今、その「友達」の質も変容していきました。
そもそも、僕が「議論」が嫌いになっていったことに起因しています。
かつてまだ10代や20歳前後の頃は、何か物事について「こうあるべきだ」という真理みたいなものがあると信じていました。そして、議論することを通して他人とわかりあえると信じていたと思います。

だけど今の自分が省みると、なんと青臭く未熟な考えだったかと、恥ずかしくなります(笑)。

物事に「こうあるべき」真理などないことに気付きました。
(自分とは違う人間という意味での)「他人」である友達と、完全に分かり合うことなど不可能だということにも気付きました。

それに限られた自由な時間を、もっと笑って過ごしていたいと考えるようにもなりました。
議論って、本人は「議論」をしているつもりでも、端から見るとその姿は「怒ってる」ようにも見えますよね。事実、議論をするときは怒るのと同じくらいのエネルギーを使います。議論好きな人は、周囲からも「あの人っていつも怒ってるね」という目でも見られがちです。

なので、社会人になってからは、友達とは議論になりそうなこと、衝突しそうなことは極力避けるようになりました。それによって友達の質も変わっていきました。
昔のような「議論仲間」ではなく、お互いに同じように社会の波に揉まれながらも、趣味の合う人や一緒にいて単純に楽しい人、落ち着く人との付き合いが格段に増えていきました。

そういった種類の友達は、何か意見が衝突しそうになると、お互いにそれを回避する方向に話を持っていきます。これはほとんど無意識的にそういう対処をしています。
お互いに衝突はしたくない。無駄な議論に楽しい時間を奪われたくないと思っているからこそ、互いを尊重し合えるのかもしれません。

しかし自分自身の心境がこういった感じに変わっていくことで、逆に議論好きな人との付き合いが難しくなっていった側面もありました。せっかくの楽しい時間を難しい議論に使いたくないと思う自分と、一方議論好きで理論武装をした知人とでは、ほとんどの場合「議論を避けたい人」の方が割を食う場合が多いからです。

ほとんど無意識的に発してる言葉の端々まで突っ込んできて「なんでそうなるの?どうして?」と詰問されると疲れてしまいますし、そういう相手に自分の意見の正当性を訴えようとすると、大変な時間と労力が必要なことは火を見るより明らかなことなので、仕方ないのでこちらが折れるという場面が多くあります。
そういうことが続くと、さすがに友達でいるのが難しくなって来ますよね。

議論好きな人から言わせれば、今の僕のような性格の人を見ると、「もっと思ったことをぶつけ合って議論をしようじゃないか」と言う内容のことをよく聞きますが、彼らが言う「議論」は、ほとんどの場合「議論」ではなく、「論破」のことを意味していることがとても多いです。
理論武装で相手を打ち負かせて、自らの意見の正当性を証明するのに友達を使おうとする。
ヒドイ言い方かもしれないけど、そういう人も中にはいると思います。

僕は「友達」ってもっと穏やかで温かい関係性のことを言うんだと思っています。
そもそも「友達」の定義を考えること自体、青臭くて野暮なことのようにも思えますが、敢えて定義するのであれば、決して四六時中難しい議論をしたりする仲ではなく、逆にいくら意見を戦わせたところで他人である以上100%分かり合うことは不可能ということをお互いが理解した大人な関係であることも大切かなと思って友達付き合いをしています。

今仲の良い人とは、だいたいそういう関係性を保てていると思います。
一方で古い付き合いの人は本当に貴重で、彼らは最初から今の僕が考える関係性を友達として見ていたかと言えばそれも違くて、彼らは「同じ速度で成長してきた仲間」と言えると思います。

例えば進学とか就職とか、自分と同じ速度で「ライフスタイルの変化」を味わってきたからこそ、僕の考える「友達」の定義が変わるのと同じ速度で、彼らの考える「友達」の定義も変わっていった。だから長い間一緒にいられたんだと思います。

ここ最近は大学時代の友達が結婚式に呼んでくれたり、ゲイ関係の友達やノンケの友達までもが誕生日を祝ってくれたりということがあって、ことに「友達」について改めて考える機会がたくさんありました。

とにかく、今の自分と心地よい関係を保っていてくれている皆さんには感謝の気持ちです。
ふつつか者ですが、今後ともよろしくお願いします。

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いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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