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どうもこんにちは、英司です。
またまた久々の更新になってしまいました。すみません。

今回も前回に引き続き、「セクシュアリティ」カテゴリーのお話を書きたいと思います!

ツイッターやら高円寺周辺の行き着けの飲み屋やらでは、「生まれて初めて見たゲイ」が僕という人とお話をする機会も多々あります。
まぁ厳密には「生まれて初めてゲイであることをカミングアウトしている人を見た」というのが正しくて、その人も必ず生まれてから何度も同性愛者には会っているはずなんですけどね。

最近では少しずつ理解が深まったりしてるのかなと思う場面もありますが、まだまだあります、この質問!

「英司さんって今日は男性的なお洋服を着ていますけど、やはり休日などはスカートとかを履いたりするんですか?」
「やはりショーパブなどで女装をして踊られているようなお仕事をされているんでしょうか?」


ゲイのお仲間さんは誰しも経験あると思うけど、この質問、100万回聞いてもズッコケますよね(爆笑)

同性愛、女装、性同一障害が全部ごちゃごちゃになってるんですね。

それはそういう質問してくる人が無知とか言いたいんではなくて、仕方ないことなんです。だって、学校ではこういうことについて大人は誰も教えてくれないわけだし、性教育の時間でさえ”健全な男女の異性愛”が大前提となっていて、例えば同性愛はどの国や社会にも一定数存在することとか、生まれ持った性と自分で認識している性とが一致せずに苦しんでいる性同一性障害の人も一定数いることとか、たとえばそういう人たちが世界のある国では自由に結婚もできて、保険が適応されて自由に性転換手術が受けられるのに、またある国ではセクシュアリティが多数派と違うだけで厳罰の対象となったり、ひどい場合は死刑にさえなる国や社会が存在することは誰も教えてはくれませんし、教える側の大人でさえ、そういった事実や正しい知識さえ持ちえていないことの方が多いように感じます。

そのたびに僕は一回一回「自分は普通のサラリーマンをしていて、スカートもワンピースも着たことはないし、化粧もしたことがないんだけど、好きになる相手が男性というだけ」

という少々長ったらしい説明をする羽目になるのですが(笑)、話をわかりやすく整理すると、性自認性的指向の2つの指標の組み合わせで考えるとわかりやすいかもしれません。

まずひとつ目
性自認」とは、その名の通り自分で認識している性別のことです。
例えば僕の場合は、男性として生まれて、なおかつ性自認は「男性」です。
つまり、生まれ持った性別と、自分で認識している自分の性別が一致しているわけです。

例えば生まれ持った性別が男性だけど、自分で認識している性別が女性。そこまで行かなくとも「男性であることに違和感を覚える」という人、つまり、「生まれ持った性別と自分で認識している性別が一致しない人」が、一般的に言われる「性同一性障害」です。

そしてふたつ目
性的指向」とは、自分の性的欲求の対象が男性か女性かという一種の”方向性”を示す指標です。僕の場合はココが自分と同じ「男性」に向いている。すなわちそれが「同性愛」ということになります。

つまり、同性愛者であるかどうかは、「男性か女性か、もしくはその両方」のどれに性的欲求が向くのかという指標の問題であって、ここが頻繁に「性自認」の指標と混同されがちになっているため、前述のような質問をよく受けることになります。

※ 話をわかりやすくするためにかなり大雑把に書いていますが、実際には性自認性的指向というものはかなりグラデーション的なもので、ハッキリと指標化できるものではなく、実際には無数にこの組み合わせが存在していることを付け加えておきます。

つまり、同性愛者の多くは「自分は同性愛者だ」と言わない限り見分けることは困難で(時々明らかな人もいますが・笑)、僕に「生まれて初めて同性愛者の方と話しました!」と言う方も、かなりの確率でこれまでに出会った人の中に同性愛者がいたと思われます。

(様々な研究や社会調査の結果、社会に占める同性愛者の割合は最も少ない調査結果で3%強程度、ある調査では10%程度という結果も出ています。いずれにしろ、国や社会を問わず全人口の数%は同性愛者であって、これは日本で言えば左利きの人口とだいたい同じくらいということになります。)

同性愛や性同一性障害の人の抱える社会的・精神的負担も実はかなり大きなものがあります。
殊に男性同性愛者、つまりゲイのコミュニティの1部は確かに明るく華やかで、ブランド物の洋服に身をつつみ、身体も鍛えていて、小ぎれいで小気味の良い人たちが新宿の一角の街に出入りしている。という明るいイメージさえあるようですが、それは性的少数者全体のほんの1部に過ぎません。

日本には欧州やアメリカの一部の州見られるような同性間の結婚やパートナー制度は2011年現在は存在しません。ましてやただでさえ国の財政が逼迫状態にあり、その上大震災が起きて、原発事故で国民が混乱する中、自分の次の当選のことや、次の当選を後押しする利益団体のことしか考えていない政治家たちが茶番劇を繰り返すような日本の現状を見ると、きっとあと半世紀?いやいや22世紀?とか、果てしない気分になりますね(苦笑)

まぁそれはそれとして、僕が思うに恐らくもっと大変な思いを強いられるのが性同一性障害の方々だと思います。なぜなら、ゲイであれば結婚圧力とかいろいろ嫌なことや不便なことはあるけど、まぁなんとかごまかしごまかししながら仕事に就いて、自分ひとりが食べていく収入を確保することはかなりの確率で可能です。

しかし性同一性障害の方の場合、見た目と役所に登録してある性別とが違うことが多々あるわけで、そうなると、必然的に年金や社会保険に加入する正規雇用での就労が困難になる可能性があります。セクシュアリティの問題がそのまま収入の問題に繋がっていく、つまり、セクシュアリティと貧困が表裏一体となっている点に一番の深刻さを感じます。
(この点について、普段から親しくさせていただいている竜超さんの著書『虹色の貧困』の中でかなり詳しく書かれています)

知人の性同一性障害の方の中には、そういった自分の将来を見越して専門職の資格等を取得するような人もいますが、そういった方はやはりごく1部に過ぎないのでしょう。


と、ここまで性同一性障害の方について、当事者でもないくせしていろいろと書き連ねてしまいました。当事者の方の中から、「何も知らないくせして」とお叱りを受けるかもしれません。ここでは僕が自分の周囲を見て感じたことをベースにこのブログを運営しようという方針を採っているので、行き過ぎた表現や誤解がありましたら申し訳ございませんがご容赦願います。

今回も前回に引き続き、「セクシュアリティ」について扱ってみましたが、いかがでしたでしょうか。

最近ではテレビで見る綺麗に女装をした芸人さんたちや、新宿二丁目に出入りしているきらびやかでお洒落なゲイの男性のイメージが肥大化されて発信されがちですが、近くにそういったお知り合いのいらっしゃらない方にもなんとなく性的マイノリティについての知識や理解をいただければ幸いです。

そんなわけで、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

他にも同性愛者の方が書いたノンアダルトブログはこちらから

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