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あの人が迎えられなかった「今」

どうも、英司です。
かなりお久しぶりの更新となってしまいました。

最近はLGBTメディアのGENXYで連載を持たせていただき、なかなか個人ブログの更新が滞ってしまっていましたが、今日は、個人ブログだからこそ、そしてここ「陽のあたる場所へ」でこそ書きたい内容だったので、久々の更新をしようと思いました。

■この時期になると思い出すこと

僕は今、ちょうど5月に開催するBBQの準備をしています。ここ最近はGWは旅行にでかけたりして、5月はおとなしくしていることが多かったのですが、今年はGWは特に遠出はせず、細かい予定がちょこちょこ入っている感じなので、3年ぶりに5月のBBQを企画しています。

準備をする中で、あることを思い出しました。
3年前に企画したBBQは2013年5月18日(土)でした。
なぜそんなに細かく日にちまで覚えているかと言うと、この日の朝に真崎航さんが逝去なされたからです。

真崎航さんと僕との関係は、ご逝去当時に更新したこちらの記事をご覧ください。


初夏の爽やかな土曜日の朝、29歳の若さで突然逝ってしまった彼のことを、毎年初夏の清々しい風や青々とした新緑を見ると思い出すのでした。

■2013年で止まってしまった時間

当時の記事でも書きましたが、あの頃僕は28歳、彼は29歳。翌年2014年には僕は29歳になり、追いつくはずのない年齢が追いついてしまい、昨年2015年にはとうとう彼を追い越し、彼が迎えることのできなかった30代を迎えることとなりました。

僕も30歳を迎えた日、たくさんの友人たちが30代の幕開けを祝ってくれました。僕なんかよりもずっとずっと人望も厚く人気者だった航さんが迎える30歳は、きっとすごく華々しいものになっていたはずだろうと思います。

僕は2013年からあらゆることが変化しました。辛いこともたくさんあったけど、友人も増えたり、新しい趣味を見つけたり、楽しいこともたくさんありました。普通のアラサー世代のゲイが送る、普通の楽しく充実した生活を送りながら、時間を重ねてきました。

僕や僕の友人たち、はたまた航さんの友人たちは、あれから29歳、30歳、31歳、32歳…当たり前のように時間を過ごし、年齢を重ねて来ています。

しかし彼だけずっと29歳のまま。
そのことを思い出すと、今の自分は時間を徒労していないか、ちゃんと一生懸命に生きているか、身につまされる思いになります。


■あの人が迎えられなかった「今」


最近は仕事でもいろいろと大変なことが続き、なかなか思い通りにいかなかったり、自己嫌悪に陥ったりということもあり、無気力になってしまうことがありました。

正直、彼のことも忘れていたと思います。

ただ、5月のBBQの準備を進めるうちに、あの日のことも、彼のことも少しずつ思い出していきました。

彼が旅立ったあの時、「絶対に忘れません」と約束しました。そして、彼を思い出すたびに、彼が迎えられなかった「今」という毎日を、しっかり一生懸命生きているかどうか、自分に問いかけようとも決めていました。

5月にもし、彼がこちらの世界に帰ってきて、何かを伝えられるとするなら、こうやって自分に問いかけるきっかけや時間を与えてくれたことに「ありがとう」って言いたいです。
そして、「あれからの毎日も元気にやっているよ
と伝えたいです。

また、彼は生前、このブログの読者さんの1人でした。あちらの世界からもこの記事を見ていてくれているかな(笑)

この初夏に、彼が夢枕に立ってくれることを願って。
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東洋経済新報社のLGBT特集にはもうウンザリ

どうも、英司です。他者の記事に対する評論や批判はあまりこのブログの趣旨に合わないとはわかっていつつも、少し今回だけはお許しくださいませ。

■東洋経済新報社のLGBT特集にはもうウンザリ

最近LGBT市場を狙ってなのか、経済誌各社がLGBT特集を組むようになってきました。
中でも、東洋経済新報社の動きが活発です。

しかしながら、当事者から見て非常にピントのズレた、どこか生活実感のない話題ばかりで非常に残念なコンテンツばかりなだけでなく、本来、単純に比較すべきでない欧米社会と日本との比較や、社会を一方的に批判するような記事ばかりで、ウンザリするような内容が満載です。

【東洋経済オンライン LGBT特集一覧】

変わりゆく性 LGBT最前線

中でも、こんな香ばしい記事を見つけました。

日系企業はウンザリ?高学歴LGBTの就活

そりゃあ職場において「彼女は?」「結婚は?」なんて言われて良い気分はしないですけど、ゲイとして生きていくと決めたのも自分。そんなことでいちいち傷ついていたら仕事にならないし生きていけません。

ノンケの既婚者の皆さんは、一生単身でいられる僕らには想像もできないような重圧や重荷を背負って生きている面があると思います。

そういう個々人の前提条件となる差異を全部無視して、「ボクたち傷つくからもっと配慮してよ」なんて叫んで、職場も仕事も選り好みしているような一部の人たちを指して「LGBTのリーダー層」だなんて、正直バカバカしいレベルの話です。

同社の記事は一見、LGBTの特集を早い段階で企画した明るい内容のように思いますが、そのすべてが、「今の日本社会はLGBTにとって地獄のような辛い世の中である」という前提に立っており、まだこの業界を知らない若い世代の子がこれを読むと、なんとなく不安になる内容のものばかりです。

守られてばかりの人生に、感動や成長はあるでしょうか?
僕はそうは思いません。

そりゃ、セクシュアリティを理由にした理不尽な待遇などは改善されていくべきですが、大切なのは今の状況を過度に悲観せず、その時その時に過ごす1日1日を楽しく豊かなものにしていくことです。

「今の世の中は最悪で、どこかにユートピアが存在している」

東洋経済新報社の記事はこうした青い鳥症候群的世界観を植え付けてばかりいる印象です。
こうした発想は返って今の状況の中で人生を楽しむことが「正しくないこと」という発想を芽生えさせ、結果的に若いLGBT当事者の幸福感の最大化を阻害する要因にもなりかねません。

LGBTの業界を変革していける真のリーダー層とは、自分たちを過保護に扱ってくれる会社にしか行きたくないと仕事や職場を選り好みしている学生ではなく、セクシュアリティや出自、生まれ持った属性に関係なく、社会の中で高付加価値の商品やサービスを生み出し、名を馳せることのできる人間です。

そういう人間がたまたまゲイであった、レズビアンであった、トランスジェンダーであった。
こうしたパターンの人がどんどん出現して行けばどんどんLGBTに対する目は変化していくと僕は思います。

自分は優秀だからありのままの自分を受け入れてくれる会社にしか行きたくない、という発想は、どうも順番が倒錯しているのではないかと思います。

また、外資も含め、セクシュアリティへの寛容さを公式に示した企業などほんの一摘みです。
その一摘みのうちに入らないと幸せになれないかのような印象を与えるのもよくない。過度の強迫観念を持つ若い子もいるかもしれません。

実態はまったくそんなことはなく、僕の友人たちには様々な業界の様々な仕事に就いている人がおりますが、その友人たちの所属する会社のほとんどは、公式にLGBTへの寛容さを発表している会社ではありません。

ただ、毎日真面目に仕事をして、それなりに成果を出してさえいれば、会社でひどい目に遭うことなどめったにありません。会社でセクシュアリティをオープンにしているけど、問題なく働いている人も多くいます。もちろん彼らは、その一摘みの会社の従業員というわけではありません。

毎日会社へ行って、休みの日はゲイの友達と遊びに行ったり、同性のパートナーゆったりと過ごしたり…。それなりに幸せな生活を送っている当事者は実はすごく多い。

確かに東洋経済新報社の記事が指すような「意識の高い系」ゲイから見たらまだまだこの社会は不完全なのかもしれませんが、LGBTにとって不完全な社会だからと言って、LGBTが自分が楽しいこと、幸せになることを放棄しないといけないわけでは決してありません。

東洋経済オンラインに比べたらクソみたいにちっぽけなブログですが、どうかそう悲観せず、現状を変える努力や心がけも大切にしつつ、今与えられた環境の中でも幸福感を味わえるような生活を送れるような当事者が増えることを願います。


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カミングアウトしない自由

どうも、英司です。
9月ですね~。残暑が厳しくない今年はけっこう楽です。先日は友人たちと高尾山に行ってきました!いやはや今年の秋の訪れは早い。

■カミングアウト"しない"自由について

同年代のゲイの友人たちと飲んでいると、そろそろ「親へのカミングアウト」の問題をどうするか、という話が時々出てきます。

学生時代の友人や地元の友人は既婚者の方が多くなり始める頃ですし、早い人だと小学生になる子供がいてもおかしくない年齢に近づいてきました。

状況は人によって様々ですが、大きくわけて次の3つのケースが多いと思います。

1、カミングアウトを済ませていて、その後も変わりなく過ごしているケース
2、明確なカミングアウトはしていないものの恐らく勘付かれていて、ある時から結婚しろだの彼女作れだのとパッタリ言われなくなったというケース
3、自分の家は厳格だから絶対に無理というケース

ちなみに僕の家は2番のパターンですが、周囲を見渡していても、2>3>1の順番で多いような気がします。

中には、「カミングアウトは同性愛者の存在を可視化させるものだから、両親や職場の人にも積極的にするべきだ」という意見や、最近では「恋人ができたら両親にカミングアウトして恋人を連れて挨拶に行きたい」「家族や友達を大勢呼んで盛大な結婚式を挙げたい」という声もしばしば聞かれます。

こうしたことを自由に発言できる環境が整ってきたことは実に素晴らしいことで、歓迎すべきことと思います。ただ、こうした「カミングアウトする自由」を論じる時、とかく忘れ去られがちなのが「カミングアウト"しない"自由」についてです。

カミングアウトを推進・奨励する声の中には、「カミングアウトすることは『社会のため』『LGBT全体のため』であって、自分たちの主張はある種の「正しさ」や「正義」という後ろ盾を得たものだ」、というニュアンスをまとったものも混じっています。

確かにカミングアウトはしたいと思ったときにできるに越したことはないですが、ここまで来ると少し首をかしげてしまうのも正直なところ。

個人個人が持っているバックグラウンドや親子関係などは実に多種多様かつ複雑なもので、一概に「ウチは大丈夫だったから君のウチも大丈夫だよ」というものではありません。

それに、上記2番のパターンで、もう8割9割の確度で両親にはセクシュアリティがバレているっぽいけど、親には絶対に明確には断言せず、亡くなるまで曖昧なままにしておく、と決めている人も多いと思います。

時にはこうした曖昧さはお互いを守ることにもなります。

厳格で堅物な親を傷つけたくないから言いたくない、という人もいます。そもそも、自分の子供が同性愛者だからと言って傷つくこと自体、理屈としてはおかしなことなんですが、もう半世紀近く前に青春時代を送ってきたような両親の世代にとっては、理解の領域を超えている場合も多いでしょうし、稼業をしている家などでは、「跡継ぎがいなくなってしまう」と、正直ショックを受ける親もいるかもしれません。

カミングアウトを推奨・奨励する人から見れば、最後まで周囲には自分のセクシュアリティを曖昧なまま終わらせたり、親には一生勘付かれないように黙っている生き方をしているゲイを「意識が低い」と見るきらいもあります。

ただ、そういった「意識の高い系」の一部のゲイではなく、普通に生活を送る普通の同性愛者の仲間たちも、決して何も考えていないわけではなく、自分の置かれた環境下で、誰もが一番ハッピーに生活を送れる方法をその人なりに考えた結果であることがほとんど。

カミングアウトは一つやり方を間違えれば、周囲の人間関係のバランスを崩しかねないものでもありますし、闇雲な奨励や強制がされるべき性質のものではないと考えます。そして、そうした奨励に従わない人を「意識が低い」と決めつけるようなこともされるべきではないと思います。

最近、東洋経済をはじめ多くの経済誌がLGBTマーケットを狙った特集を組み始め、その論調のほとんどが、こうした「意識の高い系」のゲイを「LGBT界のリーダー層」と書いていたり、「日本の同性愛者のあるべきモデルケース」として取り上げています。

当事者の印象として、そうした媒体に登場するLGBT像は非常に強いバイアスがかかっていることが多かったり、やや稀な例を一般化して書いていることが非常に多いです。

そうした「稀な例」を何も知らない当事者が目にして、何段階ものステップを飛ばして闇雲に周囲を「啓蒙」して、自分の周りを「先進的」な環境に変化させていこうという行動が蔓延るのも、あまり宜しい傾向とは思いません。

まずは自身の身の安全と、周囲の人たちとの心地良い関係性を崩さないように意識して、その上で自分を受け入れてほしいと思った人には打ち明ければ良い。

このブログの影響など大したものではありませんが、最近の一部メディアでのLGBTの取り上げられ方や行き過ぎたカミングアウト信仰に大して、少しだけ警鐘を鳴らしたいと思い、エントリを書きました。



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たくましく明るい日本のゲイたち。

どうも、英司です。またまた珍しく更新が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
更新が続いているというより、書きためたものを小出しにしているだけなんですがね(笑)

■昨今溢れかえる怪しい言説の数々

少し前のエントリでも日本でLGBTビジネスは成り立たないのでは?という内容を書かせていただきましたが、最近は国内の大手広告代理店が露骨にLGBT市場を意識し始めているようで、それに追随した、当事者から見るとちょっとピンぼけした記事が目立ちます。

まず、ゲイ論壇で誰も疑わない既成事実化がなされている代表的例が以下。

「ソフトバンクは同性のカップルにも家族割を適応している素晴らしい会社だから、多くのゲイがそのソフトバンクの企業姿勢を支持しているため、LGBTにソフトバンクは人気」

という説ですが、これは僕個人が日々ゲイとして暮らしていて、とても不思議な違和感を覚えている言説の一つです。

そもそもLGBTにソフトバンクユーザーが多いかどうか、という定量的調査すら行ったことがないわけですが、それは置いておいて、確かに周りを見渡してみるとソフトバンクユーザーは多そうな感じはします(あくまで実感値)。


■物事を判断するときの基準にセクシュアリティはそこまで関係ない

周囲の人も自分自身も、ソフトバンクのその企業姿勢を支持しているから選んでいたか、と聞かれたら、そうでもない。そうした理由から同社を選んでいた人はごく一部の人で、大多数のゲイたちは新しいもの好きが講じて、早くにiPhoneを独占的に扱っていたのがソフトバンク社だったために、同社を選択したというのが現実的解釈でしょう。

(実際僕もソフトバンクユーザーでしたが、以前使っていたiPhoneが壊れてしまった際に他社へ乗り換えました。ソフトバンクのそうした企業姿勢はLGBT当事者として非常にありがたく、勇気をもらうものであることは事実ですが、一方で、家を引っ越してから同社の電波が少し入りづらくなっており、会社を変えたいとも思っていました。通信事業者に期待するサービスはあくまでも電話やインターネットを滞りなく使用できる機能というのが大前提で、LGBTへの配慮の有無がそれを打ち消すほどの価値をもっているとは思えません。)

他にも、社内にゲイコミュニティーがある会社や、LGBTへの手厚い配慮があることを打ち出している企業はLGBT当事者の学生たちに就職先としてとても人気、という論調も非常に目立ちますが、これも確かに一部の「LGBT版意識高い系」のゲイの大学生などには人気なのかもしれませんが、僕のような低意識系小市民(?・笑)や他の多数のゲイたちは、就職先や転職先を選ぶときにあまりそういう観点は重視していない。

「LGBTに手厚い配慮をしてくれる会社かどうか」よりも、「やりたい仕事がやれる会社か」の方が比較にならないほど圧倒的に優先順位が高い選択基準だし、携帯電話の会社を選ぶときも、「LGBTフレンドリーな会社かどうか」よりも、「欲しい機種を扱っているかどうか」「自分の住む地域の電波状況が良好かどうか」という基準で選ぶ方が圧倒的に合理的。

LGBTの消費者として扱われるよりも、一般消費者として扱われたいし、会社でだって、LGBTの従業員じゃなくて、一般従業員として扱われたい。

これが多くのゲイの肌感覚なのではないでしょうか。

もっとカッコ良く言うと、

「自身がゲイであることを理由に選択肢の幅を狭めるような生き方をしたくない」

と、多くのゲイは考えているように僕には見えます。

こうした日本のゲイたちの現状を見て、一部の「意識の高い」ゲイが、「日本のゲイは欧米に比べて意識が遅れてる」といいますが、僕は日本のゲイたちって実はけっこうたくましい生き方をしているんじゃないかって思います(笑)

これは、日本ではゲイであるという理由"だけ"で突如暴力を振るわれたり殺されたりすることもなく、または同性と性的接触をしたことなどを理由に法律によって罰せられる、という状況が、過去にも現在にも存在しない社会からこそ、選択できている生き方なのかもしれません。(なので、かつて同性愛に厳しかった欧米のキリスト教社会との単純比較にはあまり意味がありません)

こうしたLGBTマーケティングの言説の多くは「外側」から、「かわいそうなマイノリティ」に向けて発信されている場合が多いのですが、こうした情報の供給サイドが考えている以上に日本のゲイは明るく強く自分の人生を生き生きと歩んでいると僕は思います。

不平等や不利益を被りかねないシチュエーションではちゃんと主張しないといけないけど、保護・擁護・配慮を必要以上に求めすぎるのもまた、考えものなのではないでしょうか。

僕はこうした国内のゲイコミュニティの現状をもっと肯定的に捉えることから始めたらいいなと思います。


辛く孤独な思春期のLGBTを一番勇気づけるのは、制度や言説ではなく、強く楽しく生きる同じLGBTの大人たちの姿の後ろ姿なわけですから…。

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10 years ago

どうも、英司です。寒暖の差が激しい最近ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
こちらはこの週末はBBQです!なんとか晴れるそうでよかった(^^)

先週末は、よく友人などと行く新宿二丁目のクラブ式のゲイバー、Wordupさんの12周年パーティへ行っていました!
いやはや、あの街で12年ってすごいですよね…。

WU_1309.jpgWU_1310.jpg
↑GOGOのSHiNくんと虎丸くんと、この日仲良くなったトモミさん。いやはやみんな可愛い(´・ω・`)

このお店は、僕がゲイ業界にデビューした10年前に、初めて足を踏み入れたお店なのです。ですので、今日はゲイ業界丸10年ということを題材にエントリを書きたいと思います!

■早いもので10年。

そんなわけで、早いもので僕がゲイ業界にデビューしてそろそろ10年が経過しようとしています。
この10年、本当にいろんなことがありましたね…。いやー、短いようで長かった。

大学サークルの門を叩いたのがこちらの世界へ出てきたきっかけで、あれが19歳の頃。2004年の出来事。それまでは、自分は自分のセクシュアリティを一生隠し通し、考えることも避け、他の人と同じように大学を卒業したら会社に勤め、結婚をして、子どもができて、マンションでも買って…。

という生活をして行くんだな、と思っていました。
(「アナと雪の女王」のエルサの気持ちよくわかります・爆笑)

そのために少しでも安定した会社に就職して、好きな仕事よりも続けられる仕事を選んで、ずっとそこで勤めて…とか、今じゃ考えられないようなことを考えていたのですが(笑)、あの時自分のセクシュアリティをもう押し殺さなくていいんだということがわかった時から、将来像がガラっと変わりました。
そうすると自ずとものの考え方もかなり変わっていきました。

■大学を出てからの日々

2007年に大学を卒業して社会人になって、仕事をしてみて初めて自分の本当にやりたいことがだんだんわかってきたりもしたし、自分はかつて考えていたような、日本のマジョリティ男性たちとは違った生き方をして行くんだ、ということも社会に出ると実感していく機会も多い。

僕なんかは23歳のときにリーマンショックが起きて、24歳のときは大不況の1年で、その時は広告会社にいたので本当に仕事がなくて、それまで当たり前にもらっていたインセンティブは一切なくなり、給料も減って、痛い目を見ましたね…。

結局その会社は退職して、やってみたかった広報職で募集していた会社に転職したのですが、お陰で一時的にかなり安定志向なモノの考え方になっていて、とにかく基盤の安定した会社に入ろうと思い、転職先を選びました。

ただ、26歳くらいのときに大学時代の友人たちが最初の結婚ピークを迎えます。あの年は1シーズンに1回くらい結婚式に出席していたし、なんだか18歳位のときに出会って、確かに一緒の速度で成長してきた友人たちが、僕には登れない階段を1段上がっていってしまったような気もして、祝福の気持ちと同時にほんの少しだけ哀愁を帯びた気持ちになったりと。

20代も後半戦にさしかかり、次々と結婚して新しい生活を築いていく友人たちを見ている中で、だんだんとまたモノの考え方が変化していきました。

「自分も上の階段に進みたい。ここからはみんなと同じ階段じゃなくて、違うところにある違う色の、ヘンテコリンな形の階段かもしれないけど、ここにガラスの天井があったとしても、ここで登り階段が止まってしまうわけじゃない。あっちの階段に行けばいいだけの話じゃん!」

一時的な安定志向なモノの考え方は崩れ、こういう風に物事を考えるようになっていきました。

それで、27歳の秋に3年間お世話になった会社を去り、再び転職をしました。それが今の会社です。今の会社では新設の広報室という部署の立ち上げがミッションです。

今、ようやくいろいろなことが形になり、実を結んできていて、成果が出始め、最近は会社に行くのがけっこう楽しいです(それは言い過ぎか・笑)

それに、時同じくして結構積極的に人の集まる場所に行ったり、友達も作るようになって行って、プライベートの方も楽しくなってきました。

そんな今が29歳の夏。

10年前、19歳の秋にゲイの世界を初めて知ったので、10年前の夏はまだこの世界を知る前。

まさか自分がこんな風になっているなんて、あの頃の自分は想像もしていなかったと思います。

今、僕は絶賛ヘンテコリンな形の階段を登っている最中ですし、幸いなことに、ここにはどうやらガラスの天井は存在しないみたいです!

10年前に思い描いていた幸福感とは全然違うどころか、あの頃思い描いていた「幸福な大人の生活像」なんて木っ端微塵になって跡形もない感じですが(苦笑)、人の幸せには本当にいろんな形があるんだなぁと思う今日このごろ。

自分にとってはゲイの世界にデビューする以前と以後がけっこう分岐点になっていると思うし、今の生き方とか生活とか価値観も、実は深い所で「セクシュアリティ」と関わっていて、この10年のいろいろな出来事の根底にはやっぱり「ゲイであるがゆえ」のことも少なくなかったのかな、と思います。

「ゲイであるがゆえ」ということを考えるとき、どうしても結婚ができないとか、老後が心配とか、いろいろ暗い話に終始しがちですが、物事は何事もトレードオフで、世の中意外と辻褄が合うようにできているもの。

もちろん、不便さや不平等な制度は直していかないといけないけど、ゲイであるがゆえのメリットって実はけっこうあるような気もします!!

このブログをご覧になられている方は若い方も非常に多いみたいなんですが、ヘンテコリンな階段も、けっこう悪くないですよ(笑)







(悪い大人の誘いです…苦笑)


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英司

Author:英司
いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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