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どうも、英司です。
最近はGENXYでの連載を持ってから、こちらのブログはまったく更新しなくなってしまいました…。

そんなわけで、久々の更新では連載コラムでは書けないちょっと個人的なことを。

最近、世を賑わせている「ブラック企業」ネタですが、私の体験した仕事上でのブラックな体験を書きたいと思います。


■8月に会社辞めました

今年の8月末を持って、2014年の11月からお世話になっていたWEBの媒体社を退職しました。それまで、企業の広報担当として、主に媒体社を相手にリリースを打ったり、取材に答えたりという仕事もしていたので、今度は媒体社側に行ってみたのですが、端的に言ってあの転職は人生最大の失敗でした。

■充実していた生活を捨ててしまった

件の媒体社(以下A社)に入る前に、広報・経営企画の仕事をしていた会社(以下B社)では、媒体社とのリレイションや取材対応という仕事の他、コンシューマー向けの広告制作と出稿、WEB分析とマーケティング、新規事業の立ち上げなど、小さな会社故に幅広い仕事を任されていました。

会社として新しい取り組みも多く、最初のうちは手探りなことが多く大変なときもありましたが、たかだか20代半ばのクソガキだった私にきちんと向き合い、信用してくださり、あそこまでいろいろな仕事を任せてくださった社長や役員には感謝していました。

ただ、20代最後の年、29歳になった時にいろいろと気の迷いが発生してきました。決して業績が悪いわけではなく(むしろ中堅企業にしてはかなり優良な黒字体質の会社だった)、人にも恵まれた環境ではありましたが、30代を迎えるにあたり、もっと大きなステージで活躍したい、と考えるようになっていきました。

当時の好景気も手伝い、転職活動は思ったよりもスムーズに進み、結果、B社よりも大きく、株式も上場しているある程度大手のWEB媒体社であるA社から内定をいただきました。このA社にて、タイアップ記事広告の制作ディレクターとして働くことになりました。

B社を退職することになり、社長や役員に退職の旨を伝えたところ、皆さん本当に残念がってくださりましたが、最終的に社長は、「ウチのような会社で経験を積んで、A社のような有名な会社で通用するなんて、誇らしいことだよ」と仰ってくださり、快く送り出してくださいました。まさに涙ながらのお別れでした。

そして、期待を胸に飛び込んだ新しい環境。A社での生活が始まりますが、ここでの生活は大変な後悔の連続でした。


■社会人としての能力が大きく後退した2年間

A社では記事広告の制作ディレクターとしての生活が始まりましたが、求められる能力と言えばいかに早く、ミスなく、多くの記事風広告を作れるかという「作業」だけで、営業と一緒に企画や記事案を考えたり、アクセス数を解析したりという、頭を使ったホワイトカラーらしい仕事は求められませんでした。

実際、評価方法も【担当した広告記事の本数×ミスの数】という単純なもので、言われた仕事以外のことをしてもまったく評価されない環境でした。

おまけに、上司(40代女性)との関係も最悪でした。当該の上司は常時必ず1人は「気に入らない奴」を見つけては、その対象を目の敵にして、やることなすこと全て監視した上で批判や攻撃をしまくるタイプで、一定期間それを繰り返すと、また違う対象を見つけて…ということを繰り返すヒステリー持ちの上司でした。

おまけにその上司は絶望的なほど口が悪い上に口が軽く、自分のチーム内で少しでも気に入らないことがあるとすぐにヒステリーを起こした上、カッとなってあることないことを他部署の人などにグチグチ吹聴する癖があり、チーム内で起きているトラブルなど、私が把握するより前に他部署の人に知られているということも多々あり、大変仕事がしづらい環境でした。

おまけに来る日も来る日も同じ内容の仕事ばかり、(頭は動かさず)ひたすら手を動かして記事広告の制作「だけ」に追われる毎日。次第に、B社で広報全般・経営企画室の仕事を試行錯誤しながらやっていた時代を懐かしく感じるようになっていきました。そして明らかに、自分が付加価値労働者という意味での「ホワイトカラー」としての能力が堕ちて行っている実感がありました。


■上司からターゲットにされる

そして、件の上司も、目をつけた社員いじめに飽きたり、ターゲットが辞めていったりで相変わらず次の標的を探している感じでしたが、不運にも、私がその標的にされ始めたのが、2015年秋くらい、ちょうど入社から1年経ったくらいの時のことでした。

言動のひとつひとつが監視され、いちいち嫌味を言われるようになり始めました。最初は耐えていましたが、例えば有給を取得しようと思い、申請を出すと理由を聞かれ、理由を話すと「そんなことで休むなんて頭おかしいんじゃない?」などと怒鳴りつけられるなど、明らかに労基法違反と思われる行為も始まり、徐々にそれはエスカレートしていきました。


■自分の無能さを隠すための異動

そんな中でも、必死に耐えていたところ、私が少し難しい案件を持つことになりました。クライアント側も非常にロジカルで、数字にも細かく、ツッコミも激しいお客さんでした。

私としても試行錯誤することとなります。ただ、それに関して助言を求めようと当該の上司に相談に行っても、「私にそんなこと相談してこないで!」と平然と言い放たれました。いかにも「メンドクサイ案件に関わりたくない」と言った様子で、結局のところその上司の更に上の上司に相談に行ってやっと助言などをもらえるという状況が続きました。

その案件は長期に渡る案件で、年度をまたぐことになりました。年度末を迎えたある日、上司に呼び出されました。すると、突然の異動が決まりました。異動と言っても、同じ部内の違うチームへの異動だったのですが、当該の難しい案件のみ私が持ったまま、違うチームへ異動することとなりました。

普通なら、持っている案件などは引き継ぎを行ってから異動するはずで、不自然に思いました。すると、案の定、社内の別の人が「○○さん、あの案件が面倒になったから異動させたみたいだね」と言って来る人がいました。

コストのかかる余剰人員など抱えている余裕のない中小企業にいた私としては、上司が難しい案件を解決できない場合、その上司が異動になるとか、降格になるとかなら筋は通るものの、当人にも少なからぬ負担になる異動を、自分の都合で部下に命じるなど少し神経を疑います。

なので、そういうのはおかしいのではないか、と然るべき社内の人間に相談したところ、返ってきた反応に言葉を失いました。

「○○さん(当該の上司)、未婚で40代でしょ?ウチの会社クビになったらもう行く先がない人だから、自分の能力がついて行ってないことを会社に隠しておきたいんだよ。だから許してあげて」

と言われました。
もうダメだと思いました。私がこのような動きをしたからでしょうか、異動した後も相も変わらず嫌味は続き、私に関してあることないことあちこち別部署の人にもぶち撒けて噂を立て、部内でも私の悪口を言い振らすなど、私を孤立させるような工作を取られました。

事実、当該の上司の直下で働いている同僚の何人かは、私が挨拶をしても無視するなど、あからさまに態度に現れるようになっていきました。もうこの会社ではやっていけない。仕事も面白くないし、人間関係も崩壊しそうだ…。そのどちらかがうまく行っていれば救いもありましたが、自信と希望に溢れて、社会人として輝きを放っていた29歳の頃の自分の面影はもはやそこにはなく、失意の底で自信を喪失してしまっていた31歳の自分がいました。


■恥を忍んでカムバックを決意

そんな状況からの突破口を画策していた6月のある日、前職であるB社時代の同期の誘いを受け、飲みにいくことになりました。B社の社長はまだ若く、私と誘ってくれた同期は先代から現社長が会社を引き継いだばかりの頃に採用された社員で、つまり、現社長にとっては自分が初めて採用した社員ということで、非常に強い思い入れを持ってくださっており、この日の同期との飲みにも社長が来てくださいました。

近況報告などをしつつ、思い出話に花が咲きました。しかし、悲しい気持ちになりました。

B社で培ったスキルが十分に活かせていない現在の職場。上司との関係もうまく行っていない日々の会社生活…。同期や社長に報告できうるような近況など私にはなく、とても悲しい気持ちになりました。同時に、またこの人達と働けたらどれだけいいか、と思うようになりました。

そして翌日、社長に前日のお礼のメールを送るとともに、恥を忍んでもし可能であれば、ぜひまた皆さんと一緒に働きたい旨を伝えました。

するとすぐに「そういうことだろうと思ったよ」と返信が来ました。後日、新たに社長や役員と面談をすることになり、その後は驚くほどスムーズに話が進み、再びB社から2回目の内定をいただくこととなり、カムバックを果たすことになりました。

B社からは可能な限り早めに来て欲しいと言われたため、内定が出た直後にA社に退職の意を伝えることにしましたが、ここからが新しい地獄の始まりでした。


■退職できない危機

早速、6月の中旬にA社に退職の意を伝えましたが、簡単に受理はされませんでした。例の上司は案の定ヒステリーを起こしてしまいました(私が辞めることで自分の評価が下がるという理由から)。

しかし会社にそれを止める権利などありませんし、こちらの意志は固かったので、社内で大変親身になってくださった方から慰留もされましたがこちらとしてはキッパリと、退職したい旨は変わらないと言い切りました。

結局、6月の下旬には私が退職することは内々で確定し、退職日も引き継ぎなどを含めて8月末日としたのですが、7月も末日になっても私が退職する旨がなかなか全社に広報されません。

全社広報がなされなければ、引き継ぎなどもできないため発表を引き伸ばしにされるのは困ると何度も申し上げ、その上私より後に退職する人の広報がされるようになった8月に入って、ようやく私が退職する旨が広報されました。もう、退職が2週間後に迫っているタイミングでした。

そういう事情からなかなか後任者を付けられなかったため、退職の2週間前になって急ピッチで後任への引き継ぎを行いましたが、到底間に合うものではありません。もっと前から退職することはわかっていたのに、こちらから何度も催促してようやく退職の広報がされる始末でしたので、そのままスルーしていたら私が退職を思いとどまるとでも思っていたのでしょうか。お客さんがいることで、引き継ぎに十分な時間を取れないなど本当にありえません。

結局、退職の前日になっても電話は鳴り止まず、連日深夜まで対応に追われる毎日で、退職日となる8月31日の夜に会社携帯とノートPCを返却してもFACEBOOKメッセンジャーに引き継ぎ内容に関するメールが飛んでくるなど、とても明日から違う会社に行くという感じではありませんでした。

私がA社に退職の意を伝えたのはもう2ヶ月半も前のことで、B社には限界まで待ってもらいました。それなのに私にも、私が次に行く会社にも迷惑をかけることにもまったく自覚がないA社には、最後の最後まで心底愕然とさせられました。


■在職中にプライベートで起きたこと

A社に在職中、プライベートでもいろいろと深刻なことが起きました。一言では言い表せないくらいいろんなことがありましたが、やはりその原因はすべて、自分の性格がキツくなっていたことに起因していると思います。

前述のように、日々上司には辛く当たられ、そのことに引っ張られるようにして仕事も満足にこなせなくなってしまっていました。

日々言動を監視され、少しでも上司の意に反したことをするとヒステリーを起こされていると、毎日必要以上に緊張してしまい、それまでうまくこなせていたこともできなくなってしまうなど、今考えれば精神的にかなり追い詰められていたな、と思います。

しかし、そういう環境にいると不思議なもので、理不尽な扱いばかりしてくるその上司に対して怒りを覚えることができなくなっていて、すべて「自分が悪いんだ」と思ってしまう(思わされてしまう)のです。

以前の自分では考えられないようなミスを犯してしまったり、休みの日など、寝ても寝ても疲れていていたりして、次第に仕事をしていない時間もいつもイライラするようになっていました。

そうしているうちに、心を許していた友人につい辛く当たってしまったりすることもあり、失ってしまった友人もいました。

今思えば、人に親切にしたり、思いやったり、友達や家族を大切にするという、人間として一番失ってはいけない道徳観をすっかり失ってしまっていたと思います。

A社に在籍中、ある時期からこのままではいけないと思い、カウンセリングに通い始めました。カウンセラーの先生と話しているうちに、仕事上、「怒り」という感情があると業務の邪魔になるので、「自分が悪い」と思うことで無意識的に必死に怒り抑えており、しかしそこで発散できなかった怒りがプライベートな時間に現れ、いつもイライラしてしまったり、人に当たってしまったりしているのだとわかりました。

その後、怒りをコントロールする方法などをいろいろと学びました。少しずつ怒りをコントロールできるようになって来ましたが、やはり根本的なストレスを取り除かない限り本質的な解決にはなりませんでした。

そうしたプライベートでの一面も、A社を辞めようと決心した理由のひとつでもありました。A社は新築のビルに入居し、デザイナーが手がけたオシャレなオフィスを持つ会社でしたが、私はそういう外面的にきらびやかな生活と引き換えに、取り返しのつかない大切なものを失っていたことに気付き始めていました。


■B社に戻った今、しばらくはリハビリ期間

9月1日に晴れてB社に再び迎え入れていただけることとなりました。B社に戻ったら早速、新規事業にアサインされ、会社が始める新サービスのプロモーション全般を担当し、今に至ります。

決められた仕事のやり方がなく、試行錯誤しつつも事業を進めて行けるこの感覚を取り戻すのに、そんなに長い時間はかかりませんでした。

今ではすっかり以前のリズムを取り戻し、同僚たちとの関係も至って良好で、日々の仕事にやりがいを持って取り組めています。

カウセリングにはまだ通っています。ただ今ひとつ悩んでいることは、A社の上司や、その上司の言いなりになって私を無視した人たちへの怒りが今になって沸々と湧いているということ。

またいつその「怒り」に自分が支配され、せっかくもうあの人達とは関わらなくて良くなったのに、誰かに辛く当たってしまったり、イライラしている自分のみっともない姿を誰かに見られてしまったりするのではないか、と、恐怖を覚えています。

先日カウンセラーの先生にそれを相談したところ、A社に在職中に必死に我慢していた「怒り」という感情が、友達や家族や自分に向くことはなく、自分を苦しめた上司や一部の同僚に向き始めたというのは精神的にとても大事なことで、噛み殺していた「怒り」という感情が時間差で正常な形で現れてきたことは精神が回復に向かっている証拠だと言ってくださり、気持ちもとても楽になりました。

時々A社に在職中のことがフラッシュバックすることもありますが、幸いにしてそのせいでイライラして人に当たったり、日常生活もままならないほどの怒りに支配されたりするまでには至っていません。

休日は仕事を忘れて気分転換し、平日は意欲的に働けている状況に変わりはなく、A社に在籍中のようにお酒や性行為に溺れるようなこともなくなりました。


■このエントリを見た人たちに伝えたいこと

私はA社に在籍中、上司のキツイ態度や理不尽な言動に直面するにつけ、いつも「自分が悪い」と自分に言い聞かせてきました。

ただ、ブラック企業や上司からのパワハラなどを経験した人は、一様にこれと同じ考え方をしていることに気づきました。

私も今思い返せば、あそこまで苦しい状況になる前に会社を辞めるという選択肢も取れたはずで、30歳を超えた大人になれば、その選択を咎めるような人ももう周りにはいません。

自分が悪いと言い聞かせることで「怒り」という感情が発生しないようにして仕事を続け、自費でカウンセリグに通ってまで仕事を続け…。もうちょっと早い段階で「逃げる」という選択肢を選べたのではないかと思います。

もし今、同じようなことで悩んでいる人がいたら、自分が悪いと言い聞かせることは良くないし、時に「逃げる」という選択が何よりも正しい答えだったりすることもあるよ、ということを伝えたいです。


今、少しずつではありますが、人としての優しさや温もり、他人を思いやる心を取り戻しつつあります。そういう意味で、2016年は「再生」の年だったと言えるかもしれません。



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どうも、英司です。日に日に寒くなっていく最近ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。僕は今年もパートナーのいないクリスマスを覚悟しつつ(笑)、友人たちと冬の計画を立てています。

今日は2015年11月5日に発行が始まった日本で初めての試みとなる渋谷区の、いわゆる同性パートナー条例におけるパートナー証明書について私感を書きたいと思います。

■まずは渋谷区の、同性パートナーシップ条例についてのおさらい

いわゆる同性パートナー条例の正式名称は「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」といいます(以下「同性パートナー条例」と呼ぶことにします)。

この条例により同性パートナー証明書が発行される2015年11月5日は日本の同性愛者にとって歴史的な1歩に!……なるはずでしたが、この条例については条例案が議題に上がった当初から、ゲイコミュニティ内でもやや冷ややかな見方をする方も多く、そこに異性愛者側の反対運動なども起き、物議を醸し出した条例でした。

当事者である同性愛者さえこの条例を冷ややかに見た理由としては、これまで世田谷区など、LGBTについて活発な議論を繰り返して来て、LGBTが抱える諸問題について造詣の深い議員さんがいらっしゃる議会でさえ、何年もかけて慎重な議論を繰り返してきた同性愛者向けのパートナーシップ制度。それなにの、これまでそういった議論が活発に行われてきたことなど聞いたこともない渋谷区で、かなり唐突に、しかもマスコミ向けに派手にぶち上げられた同条例案に関して、一種の「怪しさ」や「胡散臭さ」と言った、「何か裏があるのではないか」というような印象を持った当事者が少なくなかったという背景があります。

時同じくして、各種経済誌などが「LGBTマーケット」特集を組み、明らかにLGBTになどこれまで何の興味も示してこなかったBtoC向けプロダクトやサービスを持つ企業などが「LGBTフレンドリー宣言」を行うなど、露骨にLGBT(特に同性愛者)の財布を狙った世の中の動きに対して、「ほら見ろ、やっぱりこういうことだよ」と冷めた反応を見せた同性愛者が多かったということです。

そもそもLGBTフレンドリー宣言をしたからと言ってサービスやプロダクトに何かしらの変化が加えられたわけでもなく、そういった宣言をすれば自然とLGBTが自社製品を選んでくれると安易に考える企業の姿勢などにも辟易した同性愛者も多かったように見受けられます。

この条例にはそういった一種の「商売気」のようなものを強く感じた当事者の多くは、同条例に懐疑的になったり、そもそも興味すら示さなかったりということが起きていました。

■申請と発行に8万円!? 渋谷区のパートナー証明書の実態

そんな中、11月5日のパートナー証明書の発行を前に、SNSを中心に俄かにこんな噂が流れ始めました。それは、渋谷区の同性パートナー証明書の発行には、8万円もの費用がかかる、というもの。

この件を耳にしたとき、筆者もあまりにヒドイ差別的扱いだと感じましたし、ヘテロセクシュアルの方々が婚姻届を提出するに費用がかかるなど聞いたこともありません。

前段の経緯もあり、これって困っているマイノリティの足元を見て、世にはびこる差別を利用してお金儲けを企んでいるように見えましたし、こうしたやり方は、少し前に横行した「貧困ビジネス」の変形版のようにも思えてきました。

LGBT市場やLGBTビジネスという言葉が、当事者不在なところで一人歩きしていた昨今、ヘテロセクシュアルに認められていて、我々同性愛者に認められていない権利を金で買わせる。これは筆者が受けてきたどんな差別よりもひどいものに感じましたし、この条例はむしろ、日本の同性愛者の人権を大きく後退させるものにさえ思えてきました。

世に言われている「LGBTビジネス」というものが、まさかこんなものだったなんて…。強い落胆と怒りを覚えた次第であります。

■同性パートナー証明書の発行が無料の世田谷区

一方、11月5日同日に同性パートナー証明書の発行が始まったのが世田谷区。世田谷区の場合、条例化はされていないため後ろ盾は乏しいものの、2人が同性カップルであることを宣誓すれば、無料で証明書を受け取れる行政サービスを開始しました。

11月5日、片割れが元タカラジェンヌのキラキラカップルを前面に出し、マスコミを多数呼んで「同性パートナー証明書発行第1号」を大々的に発表した渋谷区とは対照的に、世田谷区のそれはマスコミ向けの発表は実に簡素なものでした。

同じ内容の証明書の発行に、なぜここまで差があるのか筆者も気になったので、少し詳しく調べてみることにしました。

■渋谷区に必要な8万円の金額の内訳

渋谷区と世田谷区の決定的な違い。それは渋谷区では同性パートナー証明書の発行に公正証書の提出が必要で、世田谷区の場合2人の宣誓のみで発行が可能という点。

この「公正証書」というのが随分厄介なものでした。調べてみても法律の専門用語ばかりで、頭の悪い筆者には理解不能な説明も多かったのですが(笑)、要は片割れが亡くなったときの財産分与をどうするか、とか、病気で入院したときに家族として面会ができる、とか、ヘテロセクシュアルの方々が婚姻届を提出することで一発で得られる様々な権利を一覧にして、公証役場に提出し、法的効力を持たせるというもの。

この公正証書の作成というのが実は非常に複雑な作業で、お金もけっこうかかる、というわけです。実際に調べたところ、これらの作業を全部自分たちで行った場合でも最低で5万円~10万円程度の費用がかかることがわかりました。(どこまでの権利に法的効力をもたせるかによって金額が変動します)

しかし、筆者のように「そんな作業は自分でやれないよ~」という人の場合、行政書士などの法曹関係者に頼ることになります。そこでの依頼料が更に上乗せされることになり、そうすると軽く20万円は超える計算に。

これらの公正証書を作成してようやく渋谷区に証明書を申請。証明書の発行には渋谷区役所に300円の手数料を支払い、やっとパートナー証明書を手に入れることができます。

違う見方をすれば、我々同性愛者は、ヘテロセクシュアルの方々が婚姻届を提出すればその瞬間に一発で認められる諸権利を社会生活で獲得しようと思ったら、これだけの作業とお金が必要になるということですね…。差別とまでは行かないまでも、もともと我々のような人間の存在を前提としていない法制度というものの限界も改めて感じました。

■世田谷区と渋谷区、一体どちらが同性愛者のニーズに合っているか

ここで勘の良い方はお気づきでしょう。

自分たちで公正証書を作り、婚姻で得られる諸権利をしっかり得てから同性パートナー証明書の発行を区に申請……これって、同性パートナー証明書そのものには特に何か効力があるわけじゃないじゃん!ということです。

悲しいことに、その読みは「正解」なのです。

渋谷区の場合、同性パートナーであることを理由に不動産を貸さない等の差別的な扱いをした場合、その事業者を区が公開する制度があるそうですが、これは公開のみで特に罰則規定もありません。

世田谷区のパートナー証明書に至っては、何か差別的な扱いを受けたときにその証明書を見せ、配慮を「期待する」ためのものであり、効力という面に関しては渋谷区のものよりも弱いのです。

そもそも、ある新聞社が渋谷区内の不動産会社数件にインタビューを行ったところ、「同性愛者であろうがお客さんはお客さん。最近はルームシェアをする若者も多いし、都会に出てこない若者も多くて部屋の方が余っているような状況で、同性愛者であることを理由に入居を断るなんてことはしたことがないし、今後もするつもりはないのに…」という旨の内容を困惑気味に語っていたのが個人的には非常に印象的でした。

公正証書の作成という高いハードルがあるが、法的契約関係を結んでいる渋谷区と、法的契約関係は発生しないが、パートナーとして証明書のみはしてくれる世田谷区。どちらが同性愛者のニーズに合っているのでしょうか。

筆者個人的には、世田谷区の方法の方がニーズには合っているのではないかと思いました。世田谷区の場合は、法的契約関係を欲しているカップルは、パートナー証明書とは別に自分たちで渋谷区と同じように公正証書を作成すればいいわけですし、パートナーとしての証明だけで良いという当事者たちは、無料の証明書のみを発行してもらえば良い。ここの選択ができる方が柔軟にニーズに対応できるのではないでしょうか。

■この件で浮き彫りになった現行制度の限界

それにしても今回の件で思ったのは、ヘテロセクシュアルが婚姻届を提出すれば一発で認められる権利を獲得するのに、私達は実に複雑な作業と多大な金額がかかるということ。

同性婚の賛否はいろいろあると思いますが、法律や行政の仕組みがやはり我々のような存在を前提としていないというのは、ある時大きな歪みとなって顕在化するということがよくわかった一件でした。

この件にかかわらず、私たちもより多くの選択肢の中からライフスタイルを選べるような、より良い世の中になっていけばと思った次第でした。



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どうも、英司です。久々のブログ更新になってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年は残暑も少なく、早々に過ごしやすくなりましたね。僕は楽しかった夏が終わってしまいちょっと寂しい気分ですが、秋も楽しんでいきたいと思います!


■渋谷区同性パートナー条例 グッドデザイン賞受賞に批判が殺到

4月に成立した渋谷区の同性パートナー条例。当事者の間でもかなり様々な議論があり、賛否がわかれていたこの条例ですが、施行を前に、グッドデザイン賞を受賞したというニュースが飛び込んできました。

一見、おめでたい話のように見えますが、これがひょんなことからLGBT当事者たちから批判の的になってしまいました。

事の発端はグッドデザイン賞の受賞ページが公開されたときから。

そこには、この条例の受賞に関係した人物や組織として下記のような記載がされていました。

受賞対象名:渋谷区同性パートナーシップ条例 [渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例]

事業主体名:カラフルステーション
分類:宣伝・広告・メディア・コンテンツ
受賞企業:カラフルステーション (東京都)
プロデューサー:渋谷区長 長谷部 健
ディレクター:東 小雪、増原 裕子、松中 権、杉山 文野
デザイナー:廣橋 正
利用開始:2015年10月
販売地域:日本国内向け
どこで購入できるか:渋谷区役所


僕も、これをひと目見ただけで、内容に違和感を覚えました。
渋谷区が施行主体であるはずの条例なのに、事業主体と受賞者が「渋谷区」ではなく「カラフルステーション」となっています。

プロデューサーが長谷部区長なのは100歩譲って理解できたとしても、この条例は渋谷区民からの付託を受けた渋谷区議会が作成したもので、受賞ページに記載されている方々がどのようにディレクション、デザインを行ったのかが不明瞭でした。

また、「カラフルステーション」という組織について調べましたが、ここはNPO法人グッド・エイジング・エールズと株式会社ニューキャンバスが共同で運営しているコミュニティスペースのようで、渋谷区政とは無関係の組織であり、そうした私的な組織が、公的な条例を使って同賞を受賞したことに、「条例の私物化ではないか」「渋谷区政が一部の任意団体と癒着をしているのではないか」という疑惑を持たれ、多数の批判の声が起きたという顛末です。

その後、カラフルステーションを主宰する杉山文野氏と、グッド・エイジング・エールズの松中権氏から以下のような声明が発表されました。

http://goo.gl/4izsEm

また、グッドデザイン賞の受賞ページにも変更が加えられており、現在は渋谷区が受賞者とされ、当初名前が上がっていた組織や個人名はすべて削除されています。

※追記※ 同条例は10月9日付で同賞の受賞を辞退しました。

杉山氏、松中氏の誠実さが伝わる声明、および関係者の早急な対応は正しい判断だったと思いますし、一定の評価がされることかとは思いますが、それでも尚、この問題は尾を引いています。事態が思ったよりも早期に収拾しない理由について、僕の考察を交えながら整理してみたいと思います。

■当該の条例自体が賛否両論あり、論争が続くまま成立したものだった点

杉山氏の声明によると、渋谷区としてはグッドデザイン賞にかかる選考費用に税金を使用するのはふさわしいことではなく、渋谷区を応募者とした賞への参加はできない旨を渋谷区側は杉山氏側に伝達していたそうです。

これ自体、渋谷区は至極まっとうな判断を下したと思います。

ただ、問題はここからで、応募者を任意団体に変更してまでこの賞への応募を押し切った理由がイマイチ見えて来ません。

こうした「プロセスの不透明さ」は、条例案が唐突にぶち上がって成立に至るまでにも見られ、一連の騒動には既視感も覚えました。

当該の条例案が発表された際、実際にこの条例の対象となる同性愛者の間からも、「なぜ今、それもなぜ渋谷区が?」と、歓びの声よりも疑問の声の方が多く聞かれ、もっと先にLGBTの問題に取り組んでいた世田谷区や中野区でさえ時間をかけて慎重な議論を重ねていた同性パートナーシップについて、渋谷区の姿勢はやや唐突で稚拙な印象だと多くの同性愛者は感じていたものと思います。

成立を急ぐ一部の人々に対し、僕の周囲からも「自分たちがブランドイメージ戦略に勝手に使われている」「名前を貸したつもりもないのに、一部の人の商売道具に勝手に使われているようで不愉快」「そもそもこんな条例、必要がない。もっと優先して助けてあげないといけない人たちがいる」と言った、冷淡な意見が目立ちました。

こうしたコミュニティ内の様々な意見を押し切って成立を急いだ背景がある条例であるため、当該の条例が数ある条例の中でなぜ特別に評価され、賞までも受賞する価値があるものかに疑問を持つ人が多く、この一連の騒動が派手に炎上した原因の一つになっているものと思われます。

■渋谷区政および長谷部区長と一部の任意団体との癒着・談合が疑われている点

今回、当該条例の旗振り役になっていた長谷部区長は、区議会議員時代にはナイキパークの建設でも旗振り役をつとめ、その際もナイキパークがグッドデザイン賞を受賞しています。

つまり、杉山氏の説明によると、グッドデザイン賞はあくまでも「条例そのもの」が受賞するものと勘違いしていて、応募した人/団体が受賞者になることを「知らなかった」と説明していますが、長谷部区長側は過去にこの賞を利用したことがあるはずで、賞の仕組みを知っていたはずです。

にもかかわらず、カラフルステーションが「応募者」となり、「受賞者」になる可能性があることを知っていた上で、この条例を選考対象としたグッドデザイン賞への応募案に長谷部区長が「渋谷区として」同意書を書いたことになります。

つまりは、広く一般市民に利用してもらうはずの条例を利用し、区政とは無関係な一任意団体である「カラフルステーション」へグッドデザイン賞という賞が与えられるように便宜を図ったと見ることができ、これは区長が親しくする一部の任意団体に対し、明らかな利益誘導を行ったと見られても仕方ありません。

さらに、杉山氏の声明によれば、選考にかかった費用に関しては杉山氏が自費で支払い、金銭に関してはどこにも支払いを求めないとしています。

しかし、実はここが非常にまずいところ。

現在は受賞対象者が「渋谷区」となっていますが、その場合、その選考料は当然「渋谷区」が支払っていなければならないはずです。

渋谷区が受賞者となった賞の選考料を、区政とは無関係な一私人が支払ったということは、迂回献金などと一緒で一種の政治献金とみなされ、政治資金規正法に抵触する恐れもあります。

ただ、当初渋谷区はこの賞に公費を使用するのは「不適切」と判断したわけで、今になって支払うのでは話しの整合性が取れなくなり、役所としては苦慮していることでしょう。

こうした矛盾や整合性が取れない点が多数あるため、声明が発表されても「釈然としない」雰囲気が尾を引いているのではないかと思われます。


とにもかくにも、いろいろと鬱積したものが噴出してしまった、という表現がピッタリ来るような騒動だったと思います。

関係者には納得行く説明や対応を引き続きお願いしたいところですね。


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どうも、英司です。ゴールデンウィークも近づいて参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

僕は友人と北海道旅行へ行くことにしました。美味しい料理、雄大な自然、札幌のゲイカルチャーなどなど、とても楽しみです!

■統一地方選挙が終幕 渋谷区の新区長に同性パートナー条例の仕掛け役 長谷部健さん

ここのブログや連載を持たせていただいているDMMニュースでも、いろいろこの条例のあり方についてエラソーに注文をつけておりました私ですが(笑)、一連の記事で何度も言ってきたように僕は大筋でああいった条例には「賛成」の立場です。

小生の記事「渋谷区が同性婚容認…レインボーカラーでは塗りつぶせない本当の多様性」

そして一連の記事はどちらかと言えば同性愛者のコミュニティ内部の問題に終始していましたので、このように非当事者でありながらも同性愛者に理解ある方がきちんと市民から選ばれ、民主的なプロセスを踏んで区長に選出されたことは、素直に嬉しいことであります。

また、僕は勤める会社が渋谷区にありますし、場合によっては居住している杉並区よりも長い時間を過ごしている場所でもあります。例の同性パートナー条例のことはもちろん良いニュースではありますが、それ以外の点を見ても、長谷部さんを選んだ区民の皆さんは賢明な選択だったのではないかと、渋谷区で働く人間の一人としては感じている次第です。

■さすが元博報堂社員 「空気」を作って流れを変えた選挙

対抗馬は都議会自民党幹事長と、共産党を含む左派系野党の統一候補。
長谷部新区長にとっては、前区長からの後継指名があったとは言え、組織力や資金力の面では圧倒的に厳しい戦いになる選挙戦だったことは間違いありません。

しかも都知事選が冬に移ってしまってからは統一地方選挙はメディアも取り上げず、イマイチ盛り上がりに欠け、低投票率になることが予測されました。

低投票率になれば組織を持っている候補者に有利になるため、無党派層の取り込みが重要になってくる無所属の候補者にとってはまずは投票率を上げることから考えなければならない選挙だったと思います。

恐らくその戦略の一環として登場したのが例の、いわゆる同性パートナー条例だったのではないかと思います。

センセーショナルでインパクトがあり、尚且つ時流にも合っている争点を作り出すことで、渋谷区を今回の統一地方選挙の中でも全国的な注目選挙区にすることに成功し、「変化」に期待する無党派層の支持を集め、見事当選といった流れでしょう。

こうしたことに「同性愛者の人権が利用された!」と憤る声があることも理解していますし、気持ちもわかりますが、渋谷に会社がある身としてはこうした長谷部新区長の「賢さ」とか、今どきの企業PR戦略の成功事例を見事に取り入れている「市場感覚」「ビジネス感覚」みたいなものをしっかりお持ちの方だと見受けられ、総合的に考えて、安心して区政を任せられる人なのではないかと率直に感じました。

■渋谷区はこんなところ

東京以外の地域に在住の方には、渋谷区だの新宿区だの杉並区だのと言われてもようわからん!という声も聞こえそうですが、東京の23区にはそれぞれの区に独特の個性がありますし、住んでいたり働いていたりすると、よくその個性を感じます。

例えば…

DeNA、GMO、LINE、サイバーエージェント、レバレジーズ、DMM、コロプラ、mixi、エブリスタ…等々、これらの新興IT企業はすべて、ヒカリエやマークシティ、恵比寿ガーデンプレイスなどと言った渋谷区内の話題の場所に立派な本社オフィスを構えています。

渋谷区にはベンチャー企業向けの安くで借りられるおしゃれなシェアオフィスなども点在しており、上記の企業からの仕事を請け負っている開発会社も無数にあり、IT技術をインフラとした新しいサービスやコンテンツが日々生まれている土地柄でもあります。

これらの企業はどこも増収増益続きで、人材確保が至上命題になっているため、政府や行政が「女性活用」などと言うよりもずっと前から、育児休暇制度が取りやすい企業や、手厚い子育て支援の体制などを備えた企業なども多いです(うちの会社も働くママが大活躍しています)。

しかもこの手のITベンチャーなどは意思決定も早く小回りが利くため、本来行政がやるべきようなこともどんどん、「人材確保」のために自前でやっちゃう。

これが渋谷駅や恵比寿駅周辺で起きていること。

一方原宿駅や表参道駅近辺では、次々と新しいファッションなりスイーツなりが生み出されて、雑誌やテレビ、最近ではSNSを通して全国に(いや、アジア諸国に?)ブームを起こしている。

渋谷は「IT」と「ファッション」という、この世の中で恐らく最も展開が「速い」ジャンルの産業を2つも主力産業として抱えている区なんですね。しかもどちらも、今後の日本が主力産業に育てていくと宣言しているソフト産業ですから、実は今回の選挙は、日本の今後の経済戦略にも大きく関わってくる区長選でもあったのではないでしょうか。

ナイキパークのホームレス追い出しの問題や、伝統的家族観が崩壊するとの主張、LGBTの政治利用といった批判など、確かにいろいろな議論はありますが、世界に誇る日本の次世代産業を抱えた自治体の首長として、これくらいの一貫したPR戦略と市場感覚を持った策士ならば渋谷区という巨大な自治体をうまく導けるのではないかと、渋谷で働く1人としては感じるのでした。

連載等で申し上げてる通り、例のパートナー条例には、僕は特に何も期待していません。
働く人が元気に活躍できる渋谷区でいられることに期待します!


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どうも、英司です。
ご無沙汰しております。

春ですね~。先日僕も仲の良い友人をたくさん呼んで、代々木公園でお花見をしました。
この花見が終わればBBQやキャンプ、海やプールなどなど…賑やかな季節が訪れます。

その賑やかな季節の訪れを告げる最初の行事が「お花見」だったりしますので、毎年ワクワクするイベントの一つです。
30代として迎える最初のシーズンはどんなものになるか、楽しみですね。


■社会人も9年目突入 いろいろ感じたこと

そんなわけで、僕の勤める会社にも、大学や大学院を卒業したばかりの新卒の皆さんが入社してきました。
それと同時に、先月から新大学4年生の就活がスタートということで、二丁目関係で仲良くしている年下の子などから相談を受けることも増えています。人材会社での仕事も長かったですからね。

まぁ、僕はお手本になるような大人ではないのですが(笑)、まかりなりにも22歳からスタートした社会人生活も丸8年が経過し、9年目に突入。駆け抜けるような20代を終えて、考えることや思うこともたくさんありました。

就活などの相談を受けたときは、そういうことの中から、現役の学生さんや新しく社会人になるお仲間さんに役立ちそうなことをかいつまんでお話ししているつもりでしたが、ブログの読者さんで若い方も多いみたいなので、今日はちょっとここにまとめてみたいと思います。


■学生時代勉強していて良かったこと

僕に関しては、高校は公立の普通科でしたし、大学は社会学部で、専攻は文化社会学や都市社会学で、そこまで実学的なことは学んでいません。ただ、広告やPRの業界・業種に就いてすごく思うのは、何であれ卒論は真面目に一生懸命やっておいた方が良いということです。

これは、就活の面接では勉学の話をした方がウケがいいからとかそういう理由でなく、社会に出てから使う能力という面でも、やっておいた方が良い、ということを言いたいです。



まず第一に、日記やブログと違い、学校というオフィシャルな場所にしっかり提出する文章を相当量自分の力で執筆するという行為は、単純に語彙力を飛躍的に向上させます。
もちろん、本をたくさん読めばそれなりの語彙力を身につけられますが、本や他人の文章で合点の行ったその単語を、起承転結のある文章の中に配置してその単語の本来的な意味を引き出して適正に表現できるようになるには、やはり自分で使ってみるしかないです。
自分で文章を書けば書くほど、どこかの本で呼んだだけだった単語や表現方法が、「血の通った自分の言葉」になって行く感覚がわかります。

なぜこうしたスキルが大事かと言えば、ほとんどの仕事は一人で完結させることができず、誰かと情報のやりとりをしながら進めるものだからです。僕が8年間社会人をやってきて思ったのは、その情報のやりとりの際に情報のロスを最小限にできる人が、非常に仕事のできる人だと感じたからです。

情報のロスの最小限化に最も効果的なのは、やはりそのときの報告や連絡や相談に必要な事項を、ニュアンスも含めていかに的確に伝達できるか、ということに尽きます。この時、高度な語彙力と表現能力を持っている人ほど、細かな部分までしっかりと他人に伝えることができますので、自分自身も周囲の人も滞りなく業務が進む、ということです。

社会人になってからでもこうしたスキルを習得する機会は多いですが、学生の時であれば、自分の好きなテーマや興味のあるテーマで、比較的時間も余裕がある中でこうした文章を書く練習ができます。興味のないものを期限を決められた中で書くことよりも数十倍、面白い作業ですし、熱中できる度合いも違いますから、学生時代に取り組むこうした勉強は、そこから習得できる言葉や意味の量も格段に高いと思います。

しかも、特に卒論指導に当っている教授などは大学の先生の中でもベテランクラスの人です。
毎年何十人もの学生の論文を添削している大人なので、「言葉」の意味のニュアンスやスタンス、正しい使い方に関してはスペシャリストと言っても良いでしょう。

社会人になってからこういうことを専門家から学ぼうと思うと、高い自腹を切らないといけないことが多いので、ぜひそうした大人が周りにいる今の環境のうちに、目一杯練習しておくことをオススメします。


また、第二には、卒論などに取り組むことで、情報検索能力が飛躍的に向上することです。これも、社会人になってから役立つ大事なスキルの一つです。

僕はこれまで、営業として社会人生活をスタートさせてから8年間で広報、経営企画、制作ディレクションなど様々な職種を経験してきましたが、今の時代どの職種も「情報戦」の側面が非常に強いです。

特に広報と兼任で経営企画室で新規事業の立ち上げなどをやっていた時は、法務や営業、宣伝、PR、総務など、全社的な業務をミニュチュア化したかのような感じで、とても忙しかったですし、その忙しさの中では「確実な情報"だけ"を取捨選択すること」がかなり重要になってきます。

例えば新しいサービスのローンチが近づき、契約書のひな形を作成するとき、顧客とのトラブル回避のためにさまざまなクレームや起きうる係争を想定しますが、そのシュミレーションをするための情報を探そうにも、ネット上にはYahoo知恵袋だの2chだの様々な場所に、根拠や出典が不明な情報が無数に存在しています。

実際にこうしたものの中には話を誇張したものや極端な例を一般的なことであるかのように書かれた文章も少なくなく、まともに検証するのは時間の無駄で、きちんとした出典があり、コンセンサスを取れている情報がどこに存在していて、そうした情報にはどのようにすればアクセスできるか、その方法を知っている/その方法を考えることができる、という能力は非常に大事なスキルです。

ネット上にも信頼できる情報はあります。信頼のおける発信元の情報であるかどうかなどを検証する基準を自分で築くことが大事で、卒論などの執筆の際にこれを徹底しておくと後々非常に役立つ能力になると思います。


■もっと勉強しておけばよかったこと

今度は学生のときにもっと勉強すれば良かったことについて。
これ、実家に帰ったときにまだ小さな子供がいる姉やうちの両親にも聞かれることがあります。

そのとき僕は決まって「数学」と答えます。

以前、会社でベトナム・ハノイのラボ立ち上げの際の販促物の作成やPRで、現地の担当者との英語でのやりとりに苦労した話を両親にしたことがあったので、英語や中国語という「外国語」という回答が来ると思っていたようなのです。

確かに、外国語はできるに越したことはありませんが、僕の場合は現地の方とはメールでのやりとりがほとんどで、メールの場合最近はExciteやGoogleなどの翻訳機能がかなり向上しているため、受験英語くらいができれば問題ありませんでした。(苦労したのは言語というよりは、日本とは違った時間感覚で動いていて、急ぎで決定すべき事項のレスが遅いとか、現地語パンフレットの校正が信用できないとかそういうことに関してです)

この翻訳の分野については今後よりテクノロジーの飛躍的な進化があると思います。両親の世代などは英語さえできれば一生食いっぱぐれがないと考えているようですが、今後は逆に「外国語"しか"できない人材」は人材市場では非常に危うい存在になることに、若い世代の方は留意しておいた方がいいかもしれません。(翻訳という"作業"そのものは今後、機械や出稼ぎに来ている外国人労働者と取り合いになる仕事であるため)

より普遍的に役立つ勉強は、やっぱり数学だと思います。

なぜなら、すべての論理的思考の基礎は、数学にあるからです。
より厳密に言うならば。、「数学的なものの考え方」にその基礎はあり、その基礎は、やはり数学を勉強することでしか身に付けることができないからです。

僕は私立の総合大学の文系学部に進んだので、受験教科は英語、国語(古典含む)の2教科が必修で、数学か理科か社会のいずれか1教科、1科目を選択する方式でした。

僕もその時は社会科の地理を選択しましたが、文系学部の人で、わざわざ数学を選ぶ人は少数派のようです。しかしながら、特に法律学や経済学、商学や社会学などの社会科学系の文系学部に行く人ほど、実はここで「数学」を選んでいればより厚みのあるものの考え方が出来る人になれるのではないかと感じています。

数学は、すべて=(イコール)の右と左で帳尻が合うようにできている世界です。
例えば方程式や関数で、Aという数字が1増えればBという数字が2.3になる、Bが2.3になれば、Cという数字が5.5になる、Cが5.5になれば、Dという数字が……と行った感じに、一つの物事に何かの事象が起きたときに、それがどの範囲までどのように影響を及ぼすか、理論的に説明が付く世界の勉強です。

もっと日常的な業務に置き換えると、例えば締切がある仕事をしていて、一部の仕事を外注、もしくは社内の他の人に頼んでいたとします。

しかし、何かの事情でその人がその仕事ができなくなった、もしくは作業が遅れてしまっている、ということになった場合、そこでその作業が遅れることで影響が及ぶ人、及ばない人を一瞬で整理し、影響が及ぶ人にはどの程度の影響が及ぶか、後工程のどの部分で当初予定よりもどれだけ時間を短縮しないといけないのか、どの部分のどの作業時間を短縮させるのが最も全体への負担が少なくて済むのか、そのことでかかるコストはいくらか……等々、複数の選択肢を一瞬で用意する必要があるし、このように不測の事態が影響を与える範囲の全体像の把握と、その範囲内での相関関係をネットワーク化して把握できる能力は、まさに数学的なものの考え方によって磨かれるものではないかと思います。

大学に入ってから基礎的な数学の授業をやる文系の学部などはあまりないと思いますし、ここで計算オタクになる必要などありません。むしろ計算は電卓やExcelがやるものですので、大事なのはその計算式を考えられる能力です。

僕がオススメしたいのが統計学です。僕も学生の頃、社会学部では社会調査の勉強もしていました。社会学部で言う社会調査というのは、簡単に言えばアンケート調査のことで、統計学もこれに含まれていました。
社会調査や統計学というのは、アンケートを使って統計を取り、それを分析することで世の中の流行や人々の意識など、目にみえないものを数値化して可視化させ、商売や政策につなげていく勉強のことです。

統計学というのは、一昔前は紙の調査票を郵送して、手作業で表を作り、電卓で計算し…というかなり地味でキツイ分野の研究だったようですが、最近はWEBを使った調査が主流になり、計算という「単純作業」そのものはExcelやSPSSが一瞬でやってくれるようになり、より数値の「分析」や「戦略立て」などと言った、人間にしかできないことに多くのリソースを割けるようになったことで、最近急激に人気や注目が集まっている分野の勉強のようです。

大学などでもこの流行に注目し、文系学部で統計学などの講義を複数設ける大学も増えているようです。どうせなら僕ももう一度統計学の勉強をやり直したいくらいです!統計学は数学的なものの考え方をとても効率よく学べる分野だと思います。


余談ですが、僕の大学の頃は、ExcelやSPSSを使った集計作業は当たり前になっていましたので延々たる計算という単純作業は免れましたが、当時はまだWEBでの調査は一般的でなく信頼性が低いという定説が存在していたため、紙での調査が主流でした。なので計算ソフトへの入力という果てしない作業は経験しました…今ではいい思い出ですが(笑)


■若い皆さんへ

これから社会人になる、もしくは就活が始まる、または進学するという若い方もいらっしゃるかと思いますが、これだけは言いたいのは、「社会人はとても楽しい」ということです。

僕も就活中や大学を卒業するとき、社会人になることに対して、不安しかありませんでした。
世の中の大人は簡単に若者を否定しますし、仕事や会社の愚痴しか話題がないオッサンとかがいるのも、悲しいけれど事実です。

ただそれでも、自分の足で立って、自分の足で走ること。
実態の自分よりも数センチだけ背伸びをしないとできないことにチャレンジしてみて、気づいたら背伸びをしなくてもその大きさになっていること。
世の中において何かのプロであること。

すべて、本当に素晴らしいことです。
もちろん僕も、学生時代はとても楽しく充実した毎日でしたが、今の方がずっと楽しく充実しています。

幸いにして僕達は、職業選択の自由も、居住地選択の自由も認められ、国際的に見て日常生活で戦争やテロに巻き込まれるリスクも非常に低い、平和で豊かな国に暮らしています。

これだけ恵まれた状況にあって、愚痴や批判ばかりで生活が一杯になり、人生を楽しまないなんてもったいない!僕はそう思いますよ。

新社会人を迎えられた皆さんは、ぜひやりがいのある一生ものの仕事を見つけてください!

それでは!!いろいろと偉そうに失礼しましたが、気持ちを込めて。


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