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【映画レビュー】『ベルリン、天使の詩』(1987年/西ドイツ)

どうも、英司です。

久しぶりに映画レビューでも書きたいと思います。先日、早稲田松竹にてリバイバル上映された不朽の名作「ベルリン、天使の詩」(1987年/西ドイツ)を見に行きました。この映画は学生時代からとても好きだったのですが、あいにくDVDでしか見たことがなかったので、今回初めて劇場で見られるチャンスが訪れて大変貴重な機会でした!

ひとまず、まだ見ていない方や、見る予定もない方にも楽しんでいただけるように心がけてレビューを書きますので、よろしければお付き合いください。


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※かなり個人的な解釈がふんだんに含まれておりますのでご注意ください※


この映画が劇場公開された1987年と言えば、まだベルリンの壁が存在していた時代。四方を壁で囲われたベルリンという街が持つその特殊性に注目した作品なのではないかと思いました。


(ご存知の方が多いかと思いますが、誤解されやすいため解説を…ベルリンの壁は、西ドイツと東ドイツのすべての国境線に建てられていた壁と思われている方もいらっしゃるようですが、そういうわけではありません。ベルリン市は西ドイツの領土でしたが、それは西ドイツの中にはなく、東ドイツの領土の中に「飛び地」として存在していました。東西ドイツの格差が次第に広がる中、目覚ましい経済発展を遂げる西ドイツへの亡命を希望する東ドイツ人が、このベルリン市に駆け込んで亡命を果たす例が後を絶たず、東ドイツ政府がそれを防ぐためにこのベルリン市を囲うように建てたのがいわゆる「ベルリンの壁」です)


思うに、私たち日本人も含め、この映画が制作された時代に生きていた先進国のほとんどの人々は、ご年配者以外にとって「第二次世界大戦」は直接的な記憶とは断絶された過去の歴史上の出来事であり、東西冷戦は進行中の出来事ではあったものの、それは自分の毎日の生活とは直接的に関係のない、エライ人たちが威勢を張り合っているどこか遠いところで起きている話、という感覚だったのではないでしょうか(私自身、その時期はまだ物心が着く前だったのであくまで予測ですが…)。

しかし、ベルリン市民にだけはこれが当てはまりません。
毎日働き、食事をし、遊び、休息するその街は壁で囲われた街であり、その壁は「戦争(=ナチス)」の記憶を陸続きのものにし、共産主義と資本主義という政治体制が世界を二分している現実を強烈に意識させ続けるものです。

敗戦国としての自虐性と、同じ国でありながら西側陣営と東側陣営の最前線として緊張関係にある宿命を背負わされたのが、壁に囲われた街に暮らすベルリン市民だったのではないでしょうか。

当時のベルリン市民にとって戦争(=ナチス)は過去の歴史上のものではないし、東西冷戦も遠いところで起きている話ではありません。自分たちの日々の生活に、これらの苦悩を思い出させる「壁」は常に存在しており、この「壁」が、当時のベルリン市民の心に深い影を落としていたのではないかということが予測できる演出が随所に見られます。

現に映画内で、人々の心の声を聞くことができるとされる天使たちが読み取る市民たちの声は、どれも大変詩的で美しいフレーズばかりでありながら、どれも感傷的で退廃的です。これらの声が聞こえる天使たちの目線で描かれる映像がすべてモノクロームに統一されていることも、この時代のベルリンに漂っていた陰鬱とした空気感をうまく演出していたのではないかと私は読み取りました。

そして、「戦争(=ナチス)」の悪夢を思い起こさせる演出も随所で見られます。

天使たちは、かつて戦争で瓦礫の山となっていた通りばかりを選んで歩き、そこに戦時中の実際の映像を折り入れながら物語が展開します。

また、ナチスがかつて戦時中に焚書をしていたことを想起させる映像と対比させるかのように、天使たちが集まる場所の設定として「図書館」が選ばれています。

実際の歴史では、この映画が公開された2年後の1989年に、ベルリンの壁は崩壊しました。映画が制作されていた当時、既に東側諸国は崩壊寸前であり、革命前夜の様相を呈していたものと思われます。

この時すでに、アメリカ映画界で成功を納めていたヴィム・ヴェンダース監督は、そんな祖国のたどった数奇な運命と、国や都市が背負った宿命が人々の心にどのような作用を生むかを、後の歴史に残しておく必要性に駆られたのではないかと私は勝手に予測しています(「図書館」の演出はここにも帰結していると私は解釈しています)。


私もこの映画を見たのはもう4回目?くらいでしたが、初めて見た時(大学生の頃)はただただ詩的で幻想的な世界観にうっとりしてそこまで深く考えて鑑賞しませんでした。
(実際、ストーリーとしては「人間には見えないある天使の男が、人間である舞姫に恋をし、自分で生き様を選択していく」というだけの、大変シンプルなものです)

しかし、かなり含みのある作品ですので、見るたびに新しい解釈が生まれたり、見る人によって注目すべきポイントが異なったりするところが面白い作品です。

特に、他のファンの方のレビューなどを見ていると大変興味深いです。

この映画には実は語られていない設定があり、ベルリンに住んでいる天使たちは、第二次世界大戦にあきれた神が人間を滅ぼそうとしたとき、天使たちが神に諫言したために逆鱗に触れ、罰としてベルリンに落とされた堕天使たちの話である、という説や、ニーチェが遺した有名な言葉「神は死んだ」の議論の延長線上にある映画である、という説など、本当に多種多様な解釈がなされている映画で、とても面白いです。

ちなみに、同じく含蓄があり、解釈を観客に委ねるタイプの作品を撮る監督さんの代表格としてよく名前があがるのがフランス人のジャン=リュック・ゴダール監督です。『ミニシアター好きと言えばゴダール』と言われるくらい著名なヨーロッパ映画界の巨匠であるため、学生時代に何度かチャレンジしましたが私の頭では難解過ぎて理解できないものが多かったです(しかも、それはたぶん今もなお私の頭では理解できない自信だけはあります・苦笑)。

これは完全に好みの問題ではありますが、完全にアートや哲学、思想に振り切って映画を作っている(と、勝手に私が解釈している)ゴダール監督の作品よりも、同じヨーロッパ生まれの巨匠でもヴィム・ヴェンダース監督の作品の方が、時事性に絡めたり、社会問題などからインスパイアされて作った作品などもあり、今回のように舞台となっている国や地域、時代背景を理解することでより楽しめる作品などもある点、私の好みには合っていたかな、と感じています。

個人的にヴィム・ヴェンダース監督の作品では、『ランド・オブ・プレンティ』(2004年/アメリカ)なんかも、ニューヨーク同時多発テロをテーマにしつつも、アメリカ合衆国の繁栄の影に隠れた貧困や、家族、外国人など、9.11直後のアメリカ社会に漂っていた空気感をうまく保存したロードムービーだったと解釈していますし、この作品も結構お気に入りです。


いやぁ、なんだか久々の映画レビューを書いたらものすごい熱が入ってしまいました(笑)。そんなわけで、皆さんも素敵な一作に出会えますことをお祈りしつつ。




■『ベルリン、天使の詩』予告編





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30代がスタートしました!

どうも、英司です。
本日2月6日、無事に30歳の誕生日を迎えることができました。

新年のご挨拶のエントリと少し重複しますが、20代が終わり30代が始まること、楽しみな気持ちでこの時を迎えていますし、こうした心持ちでいられることに、周囲の様々な環境に少なからぬ感謝の気持ちを持っていきたいと思います。

■感じているのは意外にも「安堵感」

多くの人の例の漏れず、僕にとって20代は本当に激動の時期でした。20代を迎えたときはまだ学生の身分でしたし、幾度と無く挫折も経験した20代でした。しかしながらその挫折や失敗よりも、成功体験や良かったことが少しだけ多いので、まぁまぁ20代の10年間も、善き日々だったのではないかと感じております。

本当に、それなりの自覚はあったつもりでしたが、今思えばその自覚以上に僕は世の中のこともよく知らず、本当に危なっかしい人間だったと思います。

そうした時期を経て今、30代を迎えるにあたり感じている様々な感情の一つに「安堵感」が含まれています。僕自身も今この時を迎えて、少し意外に思う感覚でした。

■若い時は若い時なりの不安感があった

20代前半、大学生の頃や社会人としてフレッシュな頃は、様々な可能性に満ちていて夢や希望がある、と一般的に言われています。

だけどその時代をこの前体験した人間の一人としては、そうした「可能性」は常に、「まだ自分には何が向いているかわからない」「自分は将来どんな方向でキャリアを積んでいくのか?」「どんなライフスタイルを送る人間になるのか?」ということもハッキリとは見えず、どこかに一抹の不安感が常に存在していたように記憶しています。

僕は20代のときに転職も経験し、複数の職種を経験。また公私ともども様々な人達と出会っていろいろな影響を受けていく中で、だんだんと自分に向いていることや熱中できることがわかってきたところでした。「それなりに人生の『方向性』みたいなものは決まってきたかな」という心持ちに達した時点で、ちょうど20代の終わりを迎えた感じです。

ですので、「自分は将来どんな風になっているんだろう?」と言った一抹の不安感や、大きく道を踏み外したままずっと軌道に乗れずに露頭に迷ってしまうのではないか、という、先の展開がほとんど読めない恐怖感みたいなものはかなりの程度払拭され、この先どんな風に歳を重ねていくのか(またはいきたいのか)が少しずつわかってきたのが、この20代終盤の2~3年の歩みだったように思うし、無事にそのステージまで到達できたことこそが、この『安堵感』の正体なのではないかと考えています。

こうした気持ちでいられるのは、やはり身近に公私ともに充実し、仕事も遊びも目一杯楽しもうという気の持ち方で生活をしている何歳か年上の諸先輩方が近くにいてくれていることが大きいのかなと思います。

デカイ夢とかロマンというものを語るには少しオジサンにはなってしまいましたが、20代で経験してきたことは本当に無駄なものはほとんどなかったし、成功体験だけでなく、挫折や失敗などからも、その経験を通して現実的な見立てやものの見方を学んできて、勢いだけで物事を考えていた若いころとは違った、自分なりの目標とか「こうなりたい」というものを持つことができる状態で30代を迎えられているのではないかと感じています。

僕はどちらかと言えば心配性な人間で、これまでに何かを「頑張ってきた」と言えた出来事のほとんどは、『焦燥感』や『不安感』が原動力になっていたきらいがありました。

ただ、これから迎える30代は、そういったネガティブな原動力ではなく、安堵感や自己肯定感を得た上で、更にプラスにオンするようなスタンスでいろんなことを頑張っていきたいし、そうなれるような気もしています。

30代は更なる飛躍の時代だったと、10年後そう言えるよう、頑張っていきたいと思います!!
そして、ここ数年の自分のような、ロールモデルを必要とする20代の子たちに、恥ずかしくない後ろ姿を示していける30代になっていきたいと思います。

決意表明まで。



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新年のご挨拶とご報告

どうも、英司です。
陽のあたる場所へ―A PLACE IN THE SUN―をご覧の皆様。
新年あけましておめでとうございます。

2014年は、非常に充実した1年となりました。
これもひとえに、いろいろな方々が一緒に楽しい時間を過ごしてくれたり、ブログ関係では応援や共感のコメントやメッセージをくださる方々のおかげです!

2015年も善き一年にしていけるよう、精進してまいりたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

■並びに、ご報告  DMMニュースにて連載を持つことになりました

また、2014年12月よりDMM.comが運営するニュースメディア「DMMニュース」にて、わたくし英司が連載を持たせていただくことになりました。

DMMニュース→http://dmm-news.com/

既に第1回目の記事と第2回目の記事は公開されています。

第1回目記事はこちら
第2回目記事はこちら

もうじき第3回目の記事も公開されます。

こちらの連載は「ゲイリーマン発 日本のリアル」というタイトルでして、ゲイとしての視点を意識しつつも、働く人の1人として、社会、経済、マネー関係のネタを中心に書いて行く予定です。

様々なLGBT向け媒体や記事がありますが、レインボーカラー一色のコンテンツとは一味違った内容にしていければと思います。


■個人的なこと

2015年がいよいよ始まったわけですが、ここ数年は思い出に残っていることを思い返しているとき、やたらとその登場人物が多いことが特徴です(笑)

年齢を負うにつれて知り合う人もどんどん増えて行って、公私ともに様々な場面で余裕が出てくるのもこの時期ですからね。

僕にとっては今年の2月にいよいよ30歳を迎えます。30代の仲間入りを果たす年が訪れたわけですね。
このブログを始めたのが25歳のときで、これから突入するアラサー世代に自分が何を考えていたかを記録するために始めたわけですから、なんだか感慨深いものもあります。

いろいろな人が回顧するときに言われることですが、もっと若い頃に想像していた30歳ってもっと大人(っていうかオジサンw)のイメージでしたが、なんだか気持ちはいつまでも20代のままだし、事実、天変地異でも起きて世の中がひっくり返ることさえなければ、10代の頃も20代の頃も「今この瞬間」と陸続きな記憶なわけですから、こういう感覚は当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。

自分自身、30代の自覚とか覚悟とかの面でまだ不安なこともありますが、一つだけ確実に言えることがあります。それは

30代の仲間入りを果たすのが楽しみ。と思えていること。

周囲を見れば、生き生きと暮らしている30代の友人がたくさんいます。
仕事も遊びも目一杯楽しんでいて、自分も何年か先にこんな生活を送りたいな、そう思える人が自分の周りにけっこういることは、本当に恵まれていることなんだと思います。今の自分は、なんでもないことにありがたみとか感謝とか、もっと感じ取らないといけないのかもしれません。

こうした「何気ない日常への感謝の気持ち」昔は大切にしていたはずなのに、最近どうだったかと自問すると、それができていたかどうかは自分ではわかりません。
というか、「できていました!」と堂々と言えないのが正直なところ。

仕事でも20代前半の頃よりもずっと多くのことができるようになって自信がついてきた反面、どこかで手の抜き方も覚えてしまっていたり、プライベートでも友人関係の広がりにかこつけて、1人1人との関係がなんとなく薄くなったりと。

今年はある種、20歳前後のときにもっと大切にしていた気持ちや心構えを少し思い出すべきときかもしれません。


仲が良いとふざけて年上の友達に飲み屋で「うるさいなオバサンwww!」とか言っちゃうこともありますが(笑)、貴重な人たちに囲まれて暮らしているということ、忘れないでいたい年にしていきたいと思います。

フ、フランス映画社が…。

どうも!英司です。
朝晩はもうコートが必要な気温になり始めてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

■フランス映画社 ついに破産…

主にヨーロッパの名画を配給していた配給会社「フランス映画社」がついに破産したとか…。
世の中は今、高倉健さんのご逝去の話題でもちきりですが、僕はこちらも悲しいです。

僕が本格的に映画の世界にハマり始めたのは高校生の時です。
初めてまともに見たミニシアター系映画は、ドイツ人の映画監督ヴィム・ベンダース氏による、あるホテルを舞台にした作品『ミリオンダラーホテル』でした。

【ミリオンダラーホテル トレーラー】


独特の気だるい世界観にマッチしたU2の音楽、どこかミステリアスなヴィム・ベンダース監督の撮る映像…。
当時、田舎の県立高校に通い、小さな世界で毎日同じような生活を繰り返していた自分にとっては、海の向こうの鬼才たちが結集して、見たこともないような独創的な世界観を作り上げる「映画」というものにえらく感激しました。

その後、同じくヴィム・ベンダース監督の代表作と呼ばれる作品に出会います。それこそが「ベルリン、天使の詩」でした。

【ベルリン、天使の詩 トレーラー】


この作品は1987年公開で、西ドイツで撮影されたもの。
ドイツがまだ東西に分断されていた頃の作品で、ヴィム・ベンダース監督が世界的に名を馳せる存在になるきっかけとなった作品でした。

この作品が、フランス映画社の手によって西ドイツから日本にもたらされた作品だったことによって、僕も「フランス映画社」という配給会社の名前を知ることとなりました。

その後、大学に入ってからは自主制作映画のサークルに入り、日比谷のミニシアターでもアルバイトを始めます。今まで以上に周囲にコアな映画や演劇ファンの友達が増えるにつれて、傑作と言われる作品の情報も入ってきました。

最初に好きになったドイツのヴィム・ベンダース監督をはじめ、ギリシアのテオ・アンゲロプロス監督、米国のジム・ジャームッシュ監督、フランスからはジャン=リュック・ゴダール監督などなど、それぞれに独創性があって、ハリウッドの大作映画のような商業ベースでの大成功は目指せないものの、国や文化を超えて、海を渡ってでも紹介されるべき佳作を「BOWシリーズ」(Best Of the World)と名付け、日本に紹介したのが他でもなくこのフランス映画社でした。

日本には既に黒澤明監督や小津安二郎監督と言った、世界的に評価される監督がおり、彼らもまた、ヨーロッパの映画に強く影響を受けていました(そしてヨーロッパの映画監督たちに影響を与えてもいました)。ですので、フランス映画社が配給する良質なヨーロッパの映画がそれなりに支持される土壌が日本にはきちんとできていた面もあり、一定数の映画ファンの心を掴むことに成功したフランス映画社は文化面でも商業面でもそれなりの成功を収め、永きに渡り戦後日本の映画文化に多大な貢献をしてきたのだと思います。

■2000年代中盤の、最後のミニシアターブーム

僕がちょうど大学生だった2000年代前半~中盤は、東京で最後のミニシアターブームだったと記憶しています。
ビルの小さなテナントを借りた小型の劇場が、特に渋谷を中心に無数にできていた頃で、この当時のミニシアターブームの牽引役は若い日本人の映画クリエイターたちでした。

岩井俊二監督や行定勲監督、犬童一心監督など。何気ない日常をお洒落に、少しセンチメンタルに描く彼らの作風もまた、やはりフランス映画社が配給してきたヨーロッパ映画の影響を強く感じさせました。

こうした若いクリエイターが中心となった日本人監督の活躍によって無数にできたミニシアターは、フランス映画社に代表されるようなヨーロッパの良作を上映するのにもちょうど良いサイズで、この時はあちこちで日本やヨーロッパの素晴らしい作品に出会えたものでした。

■シネコンブームが訪れ、ミニシアターの時代は終わりました

しかし僕が大学を卒業した2007年頃から、それまで地方のロードサイドにしかなかった「シネコン」なるものが都心の再開発地域に次々と造られ始めたのです。

特に都心のシネコンの特徴は、100席~150席くらいのスクリーンを保有している点。
これは明らかにミニシアターに流れていた客層を狙ったものでした。

結果、ミニシアターの中でも、一部の"まぁそこそこの商業ベースには乗りそうな映画"だけは生き残り、100席未満の劇場でないと採算が取れなかったようなコアな作品は行き場を失い始めました。

こうした背景から、都心にあったミニシアターは次々と閉館に追い込まれ、上映する場所をなくなったヨーロッパ映画系の配給会社は次々と倒産。そしてついにヨーロッパの素晴らしい映画を日本に紹介し続けていたフランス映画社が破産という時代が来てしまいました。

時代の流れとは言え、非常に悲しいものがあります。

最後のミニシアターブームだった学生時代は、「○○の作品を見に行く」という感覚ではなく、「○○の映画館に行けば良い作品に出会える」という感覚で映画を見に行っていたし、実際、ミニシアターのオーナーや配給会社のセンスを支持して作品を選んでいた面もありました。

何より、僕が社会人となり、広告や宣伝、PRの仕事をしたいと志すようになったのだって、若き日に「映画」という表現方法に出会ったことに起因しています。

そう考えると、フランス映画社とともにあった青春が今の自分をつくった、と言っても過言ではないかもしれません。
なんだか一抹の寂しさを感じる秋の夜でした。

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「雇用流動化」の別の側面―サイバーエージェント 藤田社長の騒動を受け

どうも、英司です。ついに10月に入ってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。僕は来週中頃から少し多めにお休みをいただきまして、バンコクとプーケットに一人旅に行ってまいります!
まだまったく準備をしていませんが…笑。8年ぶりのタイ、とても楽しみです。

■サイバーエージェント 藤田社長がお怒りです

先日10月1日に日経電子版に掲載された、サイバーエージェント代表取締役の藤田晋さんの記事が各方面で物議を醸しています。

参照元:http://www.nikkei.com/article/DGXMZO77749270Q4A930C1000000/


要約すると…

以前、プロジェクトの失敗で数億円の損失を出した従業員がいたのですが、サイバーエージェント社の大事にしている考え方の一つに「挑戦した敗者は復活できる仕組み」があります。

そのため、別の新規事業立ち上げの際、彼にその責任者を任せたのですが、彼は突然仕事を放り出すように辞めてしまったのです。しかもその転職理由が「他社からのヘッドハンティングだった」という点に藤田社長はもうカンカン。

記事は、個人や関係する企業が特定されかねない内容となっており、それでも藤田社長は「こんなことをされたらサイバーエージェントの再チャレンジを容認する価値観が維持できなくなる」と言い、

「大勢の社員を率いる立場として、組織の未来のために、あえて毅然とした態度をとったのです。(略)今回の件に限らず、会社としての価値観や姿勢を見せるための『一罰百戒』は、経営していく上で必要なことだと思っています」


こう締めくくり、今回の激怒は威嚇行動的なものであり、意図的なものであることを示しています。


■この内容に対するネット上でのリアクション

今回は「転職」という人生における大きなテーマを、今をときめくベンチャー社長が発信したことから様々な反響が来ています。

ほとんどの識者が、「藤田さんが怒る気持ちはとてもよくわかりますが…」と前置きをしつつも、「社員が他社からヘッドハンティングされたことに怒り狂うような記事を自分から書いていては、自社に魅力がなかったことを発信しているようなもの」という意見や「億単位の損失を出したのはあくまで会社の責任であって、当該の転職者の個人攻撃をするのはおかしい」といったような、藤田社長への厳しい意見が多数でした。

うーん、藤田社長が怒り狂う気持ちは理解できますし、日々収支のバランスや世の中のこと、従業員のことを一生懸命考えているからこそ、湧いてきた怒りなのかもしれません。

そういう点で、人としての藤田社長に非常に同情する面は大いにあると思います。
(サイバーエージェントの藤田社長と言えば、めったに怒らない人ということでも有名なようですし…)

ただ、退職するのは個人の自由で、法的には退職の意向を示してから2週間、多くの会社は1ヶ月程度経過すれば辞められるという規定になっており、道義的責任は別として、当該社員の方がルールを違反して辞めたわけでないのは確かなこと。

居酒屋の与太話ならまだしも、東証一部上場企業の代表を勤める方が、日本を代表する経済紙のコーナーで書くこととしてはあまり適切ではなかったのではないかな、とも思いました。


■「雇用流動化支持派」は、この現実を受け止める覚悟も求められる

この記事に関しての批判や評論はもうここ数日でかなり出尽くしているので、少し違った視点から考えたいと思います。

日本経団連を始め、経営者の多くが「日本の正社員は守られすぎている。これからはもっと雇用が流動化する社会にすべきだ」と政府に強く求めてきました。
(僕個人としても、基本的には雇用の流動化には賛成です。)

これを強く政府等に求めてきた経営者の方々は、雇用流動性が高い世の中になれば、生産性の悪い自社の正社員を簡単にクビにできて、人件費がカットできると考えているものと思われます。

それは確かにその通りで、その人が活躍できない場所にずっと居続けるのは、会社、従業員双方にとって幸せなことではありません。

ただ、この「雇用流動化」の議論は、これまであまりにも経営者側から見たメリットの部分ばかりにスポットが当たり過ぎていた感があります。

今回の件に関しては、雇用が流動化した社会における、経営者側から見た”デメリット”が初めて顕在化した例だったのではないでしょうか。

雇用流動化を支持する経営者の多くは、「雇用流動化≒仕事のできない人を簡単クビにできる権利」と解釈していたように思います。ただ、「雇用流動化」というのは読んで字のごとく「雇用が流動化する社会」という意味であって、もっと噛み砕いて言えば「今よりも転職することが当たり前な世の中になること」という意味です。

つまり、生産性の悪い人を簡単にクビにできるようになる代わりに、本来は会社にいて欲しい人材が他社へ流出するリスクが今よりもかなり大きなものになる側面も同時に発生するわけです。

IT業界の中でも特にWEB関連の職種は、雇用流動性が世界的に見ても非常に低い日本社会の中にあっても、突出して雇用流動性が高い業界・職種と言えますので、ある種、近い将来の日本で起きる人事トラブルが先立って起こっていると考えられるのではないでしょうか。

これまで、メリットばかりに光が当たっていましたが、「クビにできるメリット」を得た瞬間に「辞められてしまうリスク」も同時に抱えることになることが、今回の騒動を受けてもう少し真剣に議論されればいいなと思います。


■結局、ものごとはなんでもトレードオフ

結局、ものごとはなんでもメリット・デメリットがあるものだと思います。今回は「雇用流動化」の議論は経営者側から見たメリットばかりにスポットが当たっている点を指摘しましたが、同時にこの問題は「働く側から見たデメリット」ばかりにスポットが当たっていた傾向があるのも事実です。

僕は一働く側として、「雇用流動化」に関してはそこまで悲観的には捉えていません。

採用面接を受ける際、ホームページや面接の数十分だけでその会社のことが詳しくわかるとも思いませんし、ましてや新卒採用の場合、まだ世の中のことをあまり知らない学生時代に自分が働く場所を決定しないといけません。

当然、その中には入ってみてやっぱり自分には合わなかったということもあるでしょうし、最悪の場合法に触れる商売を影でやっていた、とか、労働基準法を完全無視した過酷な労働環境だった、といういわゆる「ブラック企業」に入ってしまった、というケースだって、今の時代そうそう稀なことではないと思います。

そんなときに、自由に転職ができて、自分がもっと活躍できる場所を探すことが今よりも容易になることは、僕は決して悪いことではないと思います。(今でも業界によっては転職を後ろめたいことと考えるところもありますからね)

雇用が流動化すれば転職市場も今より拡大し、能力のある人が「今の会社にいても上のポストが空かない…」と嘆いてしまう昨今の情勢も大きく変わることと思います。

雇用問題に関しては、階級闘争の時代の名残があるのか「経営者のメリット=働く人のデメリット」という構造論ばかりで議論がされがちですが、こうした階級論的な議論をそろそろ卒業し、問題をもう少し多角的な視点から検証し、双方のメリットを最大化できるような仕組みづくりを目指していきたいものですね。


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