日本最大のゲイイベント「Shangri-La」終了に寄せて

どうも、英司です。
今年は残暑らしい残暑もなく、秋も深まって来ましたがいかがお過ごしでしょうか。


■日本最大のゲイイベント「Shangri-La」が2017年いっぱいで終了


毎年、新木場にあるageHaにてシーズンに一度のペースで開催され、毎回3,000人以上のゲイを集めるイベント「Shangri-La」が2017年の冬の回をもって終了することが正式に発表されました。

10月9日付で、公式Twitterにて下記の通り発表がありました。



まず、Shangri-Laは2002年に前身のイベント「Paradise Ball」が開催され、それから毎年シーズンごとに開かれて来ました。季節ごとの定期開催のイベントとしては恐らくアジア最大級、世界でも有数の規模を誇るイベントだったのではないかと思います。

こうしたエンタテインメントを絶え間なく提供し続けることは並大抵のことではなく、オーガナイザーさん始め、スタッフの皆さんには敬意を表したいと思います。

長い間、本当にお疲れ様でした。

僕としてもShangri-Laは、20代を通して常に季節の移り変わりを感じるイベントとして君臨していたものですので、今回は思い出に浸りつつ、個人的なShangri-Laとの関わりを思い返してみたいと思いました。


■忘れもしない、ゲイ業界デビュー間もない2005年の春


僕が初めてShangri-La(当時はParadise Ball)に足を踏み入れたのは、2005年の春のことです。僕がゲイ業界に出てきたのが2004年の暮れ、19歳の頃でして、翌年2月に20歳の誕生日を迎え、本当にその直後の3月か4月だったと思います(当時のクラブは年齢確認が非常に緩かったのですが、Shangri-Laが開かれるageHaは当時からしっかりと年齢確認が行われていましたので、成人しないと入れませんでした)。

初めて行く本格的なクラブで、しかもまだゲイの友達がほとんどいない時。そんな中一人で乗り込むという命知らずなことをしたのですが(笑)、まだゲイバーや二丁目にすらそんなに行っていなかった時代のことです。

初めて目にする3,000人ものゲイ(当時はもう少し少なかったかも?)にただただ圧倒され、若干人酔いして帰ったのを覚えています。最初は正直ものすごく緊張していたのもあって、あの空間と時間を楽しみきれていなかったと思います。

しかし、20歳になって初めてあのイベントに足を運んだことは自分のゲイライフにとっては大きなことで、その後に始まる20代の日々にも色濃くこのイベントが入り込んで来ることになりました。


■遊びを覚えた20代の頃


その後22歳になって大学を卒業し、社会人になりました。社会人1年目は仕事を覚えるのにとにかく必死で、ほとんどゲイ遊びをしなかったのですが、2年目あたりから次第に二丁目にも出るようになり、友達も徐々に増えて行った時代でした。

そんな中、当時できた友人たちと久々にShangri-Laに足を運ぶことにしました。その時は以前緊張して参戦したときとは違い、前に二丁目で少しだけ話した人や、少し久々に会う友達などとあちこちのフロアで会い、談笑をしたり、乾杯をしたり、フロアへ行って踊ったり、ショータイムを見たりと、あっと言う間に時間が過ぎて行ったのを覚えています。

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2009年の夏のShangri-La。24歳当時。ようやく遊びに出る余裕が出てきた頃です。


それからは割りと頻繁に足を運ぶようになりました。20代中盤から後半にかけては、社会人としての余裕も出てきた頃で、あちこちのパーティに行ったり、今よりも頻繁に飲みに行ったりしていて、どんどん友人が増えて行った時期。友人が増えて行くとそれに比例するかのようにShangri-Laもどんどん楽しく感じるようになって行き、毎度毎度あっと言う間に朝が来ていたのを覚えています。

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会場に着くと最初に見える看板。いつもワクワクしながら入場の列に並んでいました。

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10422366_1063034773736492_7331270434501408841_n.jpg ショータイムも毎回豪華。日本選りすぐりのGOGO BOYやドラァグクイーンのショーが見られます。

僕が20代の頃はFACEBOOKやTwitter等のSNSが台頭・普及した時期とも重なりますので、Twitterではよく絡むけど実際にはまだ会ったことのない人と一晩で一気に会えたり、そこでまた新しく仲良くなる人ができたりと、僕にとってShangri-Laはシーズンに一度の同窓会であり、巨大なオフ会のような感覚のものとして、毎回楽しみにしていました(このような楽しみ方が正しいのかどうかはわかりませんが…笑)。

20171010011107.jpg 2012年のShangri-Laにて

20171010010842.jpg こちらは2014年の春の回。

20171010010720.jpg 2014年冬の回。クリスマスでしたね~。



■気付けば自分もイベントを開くように…


恐らく最も遊んでいた20代中盤~後半にかけての日々は、本当にShangri-La抜きでは語れないような感じでして、確かあのあたりの時代はほぼ毎年皆勤賞だったのではないかと記憶しています。

とても楽しい場を設けてもらい、みんなが「楽しむ」ことを目的に来ている場に宿っているパワーの偉大さと言いますか、ピースフルで心地よい空気というものはとても良いな、と感じるようになっていきました。

そんな折、29歳の春にひょんなことから神奈川県にあるプールスタジオを経営するオーナーさんと関わりを持つようになります。そのプールスタジオは非常に美しく異国情緒が漂っており、「こんな素晴らしい場所でゲイイベントが開かれたらどんなに楽しいだろう…」と思いました。

最初は「誰かあそこでイベントやってくれないかな」くらいの気持ちでいたのですが、いつも良くも悪くも直感的に動いてしまう僕のことですから「そうだ!俺がやれば良いんじゃん!!」という突飛な発想に展開し、ほぼ勢いでそのプールスタジオの予約を取り(当然その時点で何の青写真もナシ)、実現したのが夏のプールパーティ「Tinkerbell」でした。

13879350_1294496427256991_5067010060636635262_n.jpg 恒例行事となったプールパーティ「Tinkerbell」の様子。素晴らしいロケーションです。

IMG_9424.jpg GOGO BOYのショータイムの一幕です


もちろん当時の僕はオーガナイザーなんかをやるのは初めてのこと。しかも会場はあくまで撮影スタジオであるため、音響設備やアルコール類なども常備しておらず、音響設備のレンタル業者を探し、アルコールやドリンク類を仕入れ、DJさんやGOGOさん、パフォーマーの方々にお願いに行き、あれこれかかる経費から逆算して入場料とドリンク代を決定するなど、何もかもが初めての体験でした。

大変なときもありましたが、その時もよくShangri-Laのことを思い出していました。お酒と音楽、友達との再会等の社交などで明るい表情のお客さんたち。

明け方の有楽町線で「今日はすごく楽しめた!」という充実感を抱きながら自宅に帰るあの感覚など。

ああいうピースフルで楽しい雰囲気を、自分のイベントでも出し、来てくれるお客さんたちに充実感や満足感を得てもらえたらどれだけ良いことか、と、そういう気持ちでやって来ました。

お客さんとして来てくれる人もShangri-Laで出会って仲良くなった人だってたくさんいました。

僕のプライベートなプールパーティと、一大イベントのShangri-Laを同列に語るなんて本当におこがましいとは思いますが、僕のやっているパーティも、もとを正せばShangri-Laでたくさん楽しい思いをしたその記憶があるからこそ、実現したことだと感じています。

そのTinkerbellも無事回数を重ね、お陰様で来年で5周年を迎えることになります。


■僕にとってのShangri-Laは…


僕にとって20代の日々は本当に激動でした。学生から社会人になりました。転職もしました。不景気も経験したし、恋愛も失恋もしました。本当に、よく働きよく遊び、よく学んだ20代の日々だったと思います。

そんな日々の季節が移り変わるたびにShangri-Laというイベントは常にそこにあり、時にはあった辛い時期や停滞期も、パーッと気分転換をしに行く場所として、仕事もプライベートも順調な時期は心の底から楽しむ場所として、常に存在してくれたイベントでした。

僕にとってShangri-Laは、そんなどこにでもいる普通の20代のゲイとしての毎日の成長を、季節という定点で見守ってくれていたイベントだったのではないかという気持ちです。


■最後に、繰り返しにはなりますが…


繰り返しにはなりますが、これだけの大規模なゲイイベントを、年に4回~5回のペースで定期開催するというのは日本やアジア、もしかすると世界を見ても前代未聞の試みだったのではないかと思います。

毎回新しい発見と、ゲイライフの楽しみ方を教えてくれたShangri-La。オーガナイザーさん、スタッフの皆さんには本当に感謝しています。

15年間、本当にお疲れ様でした。今年の開催は残すところあと2回ということで、僕も最後まで楽しませていただきます!

それでは!



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日本の若者が「保守化」する理由

どうも、英司です。すっかり秋らしい気候の毎日になりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、世間では解散総選挙の話題で持ち切りです。そんな時期ですから、久々に政治ネタでも書こうと思いました。

※政治ネタと言っても、個人的な考察や主観がたくさん入るかと思いますので、その点はご了承願います。


■世界の若者と日本の若者の政治的傾向


かつてイギリス首相を勤めたウイストン・チャーチルはこんな言葉を遺しています。

"If you are not a liberal at 20, you have no heart. If you are not a conservative at 40, you have no brain."

和訳すると…

20歳の時に自由主義者(リベラル主義者)でなければ、情熱が足りない。
40歳の時に保守主義者でなければ、知性が足りない。

彼は保守党所属の右派の政治家であったため、イギリス人特有の嫌味っぽい皮肉を込めて敵陣営を批判する文脈でこうした発言が出たものと思われますが、これは、若く情熱や正義感に燃える者ほどリベラル主義に傾倒する傾向が背景にあるからこそ飛び出した発言であることは容易に予測できます。

チャーチルが生きていたのはもう半世紀以上前のことになりますので、主要国の現在のデータを見てみましょう。

まずはイギリス。

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こちらは今年2017年にイギリスで行われた総選挙の出口調査の結果です。イギリスの二大政党は保守派の保守党と、リベラル派の労働党です。この表では青色のConservativeが保守党、赤色のLabourが労働党となります。

見ての通り若者ほど労働党へ投票した割合が高く、18歳~19歳の若者たちと、70歳以上の老人たちとではクッキリと逆の投票行動が確認できます。


もうひとつ、わかりやすい二大政党制を採用している国がアメリカです。こちらも見てみましょう。

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こちらは2016年のアメリカ大統領選挙の出口調査の結果です。こちらも、39歳までの世代はリベラル派政党である民主党候補だったクリントン氏への投票が目立ち、40歳以上になると保守政党である共和党の候補者で、現在の大統領であるトランプ氏への投票が逆転しています。

チャーチルが言うように、二大政党制を採用する欧米主要国では、若者ほどリベラルに、年配層ほど保守になるという傾向があるようです。

一方、日本はどうでしょうか。下の図を見てみましょう。

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(出典:NHK出口調査による)

こちらは2016年に行われた参議院選挙の、比例代表の投票先政党の年代別の内訳を示したデータです。

これまで見てきた2つの国とは違う傾向が読み取れます。

日本の場合、20代が保守政党である自民党に最も投票しており、それに18歳~19歳、30代が続いています。

逆に60代になると民進党も健闘し、共産党へ投票する人の割合も比較的多い傾向が見られます。恐らくこの世代の方々は学生運動華やかかりし頃に青春時代を過ごし、会社に入ってからも労働組合の活動が今よりも活発な時代に社会人生活の最盛期を過ごしていた方々であることも関係しているのでしょう。

しかしそれを差し引いても、他国とは違った傾向が見られるのは興味深い現象です。


■この10年間、世界で起きていたこと


若者が自民党や安倍政権を支持する理由について考える前に、ここ約10年間の日本や世界の経済情勢を振り返ってみたいと思います。

ここからはミレニアル世代ど真ん中であり、現在アラサー世代である私の個人的な体験や肌感覚も交えた考察となります。

私は1985年の早生まれであり、4年制大学を卒業しています。浪人・留年・留学等はしていませんので、2005年~2006年にかけて就職活動をし、2007年に社会人になりました。

私が就職活動をしていた時は団塊世代の大量離職がいずれ問題になるとは言われつつも、就職氷河期の最高潮と言われた2000年~2001年の余波も残っている時代で、大学入学当初から「就職活動は大変」と周囲の大人から脅されまくり、実際にサークルやゼミの先輩が苦しんでいる姿を1年生の頃からよく見ていました。

就活戦線を切り抜け無事社会人になり、やっと仕事にも慣れてきたと思った矢先、2008年の秋にリーマンショックが起きます。

この2008年暮れから2009年という時代は、次々と仕事がなくなり、取引先からは契約を切られるならまだ良い方で、倒産によって会社そのものが消失するなど日常茶飯事。倒産されると債権の回収もできず、自社の売上にも深刻なダメージを食らいます(これが世の中のあちこちで起きており、倒産の連鎖が起きていた)。

当時私は広告会社におり、広告業界は真っ先に不況のダメージを受けます。残業代もボーナスもカット、それまで当然のようにもらえていたインセンティブも全部なくなり、切り詰めた生活を余儀なくされました。

当時就職活動をしていた後輩たちも、さながら就職氷河期真っ只中の状況で、とても苦しんでいました。

リーマンショックによる世界のドルへの不審感から円が大量に買われ空前の円高に。製造業の輸出が強いとされている日本にとってこの円高のダメージは相当大きく、しかも当時発足した民主党政権は米軍普天間基地の辺野古移設問題で右往左往しており経済対策にまで手が回っていない状態。

民主党政権下では失業保険の期間延長や適応範囲の緩和、生活保護の受給が少ししやすくなるなど、何もしなかったわけではないですが、それらの政策はあくまで「セーフティネット」つまり「もしもの時の安心」的なものを手厚くした、ということであり、本質的にそれらのセーフティネットを利用しなくて済む世の中=好景気な世の中を目指したものではありませんでした。

それでもなんとか倒産の連鎖が一巡し、日本経済がようやく落ち着きを見せて来たかに見えた2011年には東日本大震災が発生します。

甚大な被害と犠牲者を出したこの震災の余波はあまりに大きく、自粛ムードの中でイベント会社を筆頭としたエンタテインメント系の企業の倒産の連鎖を皮切りに、一部の建設業を除いては再び不況に突入したのでした。

これらが、安倍政権が誕生するまでに私が体験した社会人生活です。


■若者が安倍政権や自民党を支持するのは自然な流れ


先に言っておきますが、私には支持政党はありません。自民党についても、投票するときもあれば、しないときもあり、安倍政権や自民党のファンというわけではありません。

しかしながら、これまで味わって来た時代の流れを考えると、日本が不況な状態しか知らなかった現在の20代や30代が安倍政権や自民党を支持するのは自然な流れに思えてきます。

先ほどは社会人生活の個人史観を書きましたが、もっと遡ってみると、物心がついたと同時にバブルが崩壊して以来、日本はずっと不況でした。

1990年代の大不況下において、阪神・淡路大震災が発生し、地下鉄サリン事件を始めとするオウム真理教の一連の犯行、1997年には山一證券が廃業し、それまで日本で信じられてきた「良い大学に入り、有名な企業に勤めればその後は何も心配することはない」という神話が崩壊し、国民には自立心が求められる時代が来ました。(ミレニアル世代の組織への帰属意識の低さ、フリーランス指向が高いのはこのためだと考えています)

つまり、私たちは「好景気」がどういうものか、まったく知らなかったのです。正直、「失われた20年」と言われてもいまいちピンと来ませんでした。

なぜなら、私たちにとって不景気である状態は至極普通のことであり、20年も続く不景気の中で強いリーダーシップを発揮した指導者と言えば小泉首相くらいなもので、この不景気を「政治」が解決できるわけがないと、誰もが考えていたのではないかと思います。

現在、一応日本は景気回復基調であり、好景気な状態ということになっています。いわゆるアベノミクス効果というやつですが、社会科学を少しでも勉強した人間ならば、国債を日銀に肩代わりさせただけのこんな政策によって作り出された好景気など、インチキとデタラメであることはすぐにわかります。

実際、賃金が飛躍的に上がったとか、桁違いのボーナスをもらったとか、そんな話は聞きません。

アベノミクスの危うさ、胡散臭さ、仕組み上の欠陥をよく理解した上で、それでも安倍政権や自民党を支持している若者が、非常に多くいると予測できます。

これは言わば、「空気」を支持しているのだと思います。「空気」とは、「好景気と言われる世の中に漂う空気」のことです。

不景気しか知らなかった世代の人間にとって、こうした「金銭的な実感はないけど、なんとなく世の中が明るい」というだけで、現政権を支持するのに充分な理由になりえるのだと思います。

そればかりか、もっと若い世代に至っては、実際に有効求人倍率の改善によって就活が順調に進み、直接的な恩恵を受けた人も多いでしょう。

アベノミクスには賛否がありますが、その賛否は抜きに、初めて政治が経済をコントロールしている状況を目の当たりにし、そこで受けた衝撃もまた、若者たちの現政権への支持に繋がっているのだと思います。


■別に若者は「保守化」していない


ここまで見てきた通り、一部の極端な例を除いては、若者世代は主に経済政策の「結果」のみを判断材料にして安倍政権や自民党を支持している向きが強いのではないかと思います。

よくネット界隈では、安倍首相は極右だとか、懐古主義だとか言われていますし、実際安倍首相も総理大臣就任前の一議員時代はそう取られかねない発言を度々しています。

しかし、その安倍首相や自民党を若者たちが支持しているからと言って、数値データだけを見て「若者は保守化している」と断定するのは、実態を見誤っているのではないかと考えます。

こちらに面白いデータがあります。

【憲法9条を改正すべきか】


・男性
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・女性
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(出典:NHK世論調査 日本人と憲法2017)

上の表はNHKが行った世論調査です。
日本においてリベラル派と保守派が最も激しく対立する争点が憲法9条改正の是非です。この調査結果によると、改正する必要がないと答えた人の割合が最も多かったのが18歳~29歳で、彼らの世代の中で「改正が必要」と考えている人は僅か2割しかいない結果になっています。

30代においても6割近くが改正する必要がないと考えており、18歳~30代は、40代~60代よりもリベラルな指向があることがわかります。

また、国を愛する気持ちの程度の調査も以下に掲載します。

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(出典:内閣府調査 2017年4月)

こちらも、昨今メディアでは「愛国女子」なんかがクローズアップされていますが、実際の統計データでは18歳~29歳と30歳~39歳に関しては、愛国心を持つ人は全体の平均以下、ということになります。

個別の政策や思想性に関して言えば、日本の若者は保守派が多いとは言い切れないのではないでしょうか。

つまり、安倍政権や自民党への支持率が高いからと言って、「若者の保守化」と言ってしまうと、少し実態を掴めなくなってしまうのではないかと思います。


■そもそも自民党は保守政党なのか?


日本の政治のわかりづらさの原因の主たるものが「自民党」という存在です。

一応、日本では長らく社会主義を掲げる日本社会党=革新主義の対を成す勢力であることから、自民党を保守主義としてきましたが、実際のところ、自民党が保守政党かと言われればそれも「?」です。

自民党の経済政策の基本路線は公共事業による都市と地方の格差是正です。この手法は田中角栄首相の時代に最盛を迎えましたが、現在の自民党も基本的にはこの方針です。

しかし、これは世界的に見ればイギリスの労働党やアメリカの民主党などと言った、完全にリベラル派政党の政策そのままです。

他国の保守政党を自称する政党はこんな政策はしないでしょう。競争原理に競り負けてしまった自治体なり企業なりに関しては基本的に「自己責任」であり、国家は個々の案件に関して極力介入すべきではない、という立場です。

日本の場合、むしろ民主党政権時に自民党が行って来た公共事業を事業仕分けによって次々と廃止させて行くなど、保守とリベラルが逆転した現象も見られました。

また、保守政党というのは基本的に国粋主義です。トランプ大統領風に言えば「America First」つまり、自国第一主義ということです。

この「国粋主義」に対を成す概念が「国際主義」です。この2つは、おおよそ国粋主義は保守と、国際主義はリベラルとセットになっています。

しかし、自民党はトランプ政権になる直前まで、TPPの批准に尽力していました。トランプ大統領が就任した初日にTPPを破棄したことからもわかるように、本来の保守的な国粋主義者であれば、TPPなど最も受け入れがたい政策のはずなのです。


■「コスパ重視」の若者たち


このように、一部の熱烈なファンは除き、安倍政権や自民党を支持している若者のほとんどは自身を「保守派」だとも思っておらず、ただ単に経済政策の「結果」だけを見て、自分がもっと若かった頃より今の方が良いから、という理由で政権の支持/不支持を決めているに過ぎず、これを右翼・左翼のイデオロギーに当て込むべきではありません。

むしろ「あなたは自民党支持者だね?じゃあこれには賛成だよね?これには反対だよね?」と、イデオロギーを軸にセット販売してくるようなやり方には、今の若者はもっとも嫌悪感を抱き、より政治離れを加速させることになると思います。

つまり、今の若い世代は、自分のことは自分で決めたいし、結果をもっとも出している(ように感じる)人なり政党なりに投票しているだけであり、もっと言えば「コスパが良いものを選んでいる」に過ぎません。

これを年配者が覚めているとかドライと言うのは簡単ですが、何度も言うように今の若者は不況下で育ち、好景気を知りませんでした。デフレと不況がセットになった時代に育った者の生活の知恵のひとつと言えるでしょう。


そんなわけで、今回のエントリのタイトルは日本の若者が「保守化」する理由でしたが、結論、日本の若者は別に保守化していない、ということでした。

タイトルと結論が矛盾してしまいすみません。今日はこのあたりで。それでは。



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木島英登氏vsバニラエア問題 なぜ炎上したのか?ーメディアと消費者意識から考えるー

どうも、英司です。

梅雨らしい天気が続いておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 

今回は、少しタイムリーなネタでも。

 

 

バニラエアでの階段タラップ這い上がり問題

 

ここ数日かなり大きなニュースになっていますので、ここではニュースの詳細は割愛します。

 

こちらなどをご確認ください。

 

http://www.bbc.com/japanese/40439777

 

本件、私もニュースを最初に読んだ際に違和感を覚えた一人です。

インターネット上でも木島さんの擁護論者と批判論者が次第にヒートアップしていき、感情論が目立つようになってきましたが、こういう問題こそ冷静に考える必要があります。

 

今回は、最近の消費社会の価値観の変化等と言った、より社会一般の背景も含めて、私なりにこの問題を考えて行きたいと思います。

 

 

木島さんが確信犯だという説について

 

主にインターネット上でよく見かけた論調です。

しかし、私もこのニュースを最初に見た際、すぐさまこの説が頭を過りました。

 

まず1点目。

 

木島さんはご自身のブログや著書でも書かれている通り、世界中あちこち訪れている方のようです。非常に旅慣れた方であることが伺えるのですが、そういった方が、バニラエアのようなLCCは経費削減のためにボーディングブリッジを使用せず、使用料の安いタラップを使用しているのは知っていたはず。

 

また、予約時に身体の不自由な方は奄美空港を利用の際は一報を入れるようにと通知があったにも関わらず、それを怠ったということ。

 

車椅子で世界中を旅し、日本中、世界中の航空会社を何百回と利用しているのに、こうした通知を見落とした、失念した、というのは少し不自然に思えます。

 

また、航空業界にも非常に詳しい方のようですので、奄美空港は大都市の国際空港とは違い、満足にバリアフリー化が進んでいない空港であり、そういったところに事前通告ナシで訪れればどんなことが起きるか、充分に予測ができたのに敢えて今回のような行為に及んだのではないか、ということが疑われました。

 

 

2点目。

 

過去にも同様のトラブルを起こしていた点。

木島さんご自身のブログによれば、過去に全日空機を利用した際にも、同じようなトラブルがあったそう。

 

こうしたトラブルを一度経験したのであれば、事前に車椅子である旨を伝えていないと現場ではどのようなことが起こるか予測できたはずで、なぜ過去に同様のトラブルを経験したのに、同じようなことをしてしまったのかに疑問が残ります。

 

 

3点目。

 

バリアフリー研究所という団体を主宰しており、主な収入源が講演料や著書の執筆料や印税という木島さんの生業が、この憶測を更に加速させた要因の一つと考えられます。

 

これが別の職業の方であればここまで疑いの目が向けられることはなかったと思うのですが、実名が報道されればされるほどご自身のビジネスに繋がるという仕組みが成立してしまっていたため、より強い疑いの目が向けられた、という背景も考えられます。

 

 

結局悪いのはどちら?

 

それは一概に言えないと思います。

実際のところバニラエア側も、奄美空港はバリアフリー化の整備が行われていないため、もし事前連絡があった場合、車椅子のお客さんに関しては搭乗を断っていたといいます。

 

(この事件を受け速やかに車椅子のお客さん用のストレッチャーを用意し、2017年6月中旬より利用可能になったとのこと)

 

ネット上でもバリアフリー新法や障害者差別解消法を根拠にバニラエアを批判する声が多く聞かれましたが、奄美空港はこれらの法律に義務付けられた施設に該当しないため、法令を根拠に批判するのは的外れな議論でしょう。

 

ただ、法令とは別次元の話として、道義的・企業の社会的責任という文脈の議論であれば、バニラエアとしては奄美空港への乗り入れを決定した時点でストレッチャーを導入するべきでしたし、その点に関して落ち度があったのは事実でしょう。

 

しかし、木島さん側の主張にも多くの疑問があります。

航空会社側は事前連絡をお願いしているにも関わらずそれを怠った挙句、航空会社側の「速やかに乗客を案内する」という業務を妨害したわけですから、一方的にこの問題を「傲慢な航空会社vs可哀想な障害者」というありきたりな構造で見てしまうと、真実が見えて来ないでしょう。

 

木島さん側はブログ内で「海外ではありえない」と書いていますが、それは誤りです。非常に合理主義的な契約社会であり、訴訟大国であるアメリカ合衆国なんかでは、約束を破り業務を妨害したとして、航空会社側が木島さんを訴えることも充分にありえる事案とも考えられます。

 

 

大手メディアが発表する情報への不信感が露呈

 

この事件に賛否がわかれた原因の一つに、大手メディアへの不信感、ウンザリ感を覚えている人が少なからずいることが関係していると考えられます。

 

この事件が明るみに出た際、大手メディアは一斉に本件を取り上げました。どの新聞社も「傲慢な航空会社vs可哀想な障害者」という構図ありきの記事ばかりでした。

 

10年前であれば、一部のコアなブロガーを除いては、広く自分の意見を表明する場がありませんでしたので、本件は大手メディアが報道した通り「傲慢な航空会社vs可哀想な障害者」という物語として終決していたことと思われます。

 

しかし今は多くの人がSNSのアカウントを持ち、疑問に感じたことや違和感を覚えたことをすぐに発信でき、そうした意見が議論に一石を投じることが可能な時代になりました。

 

もちろんSNSが普及して以降、行き過ぎた暴言が散見されることも事実ですが、一方で大手の既存メディアの紋切り型の「大本営発表」に飽き飽きしていた層の人たちの受け皿にもなっていることに留意する必要があります。

 

新興の独立系ミドルメディア、WEBマガジン等などは従来の大手メディアとの差別化を図るため、積極的にSNSで発信された「フツーの人発信の情報」を元に取材を行うなどし、大手メディアが作った物語とは別の視点で語られる物語の存在を世に知らしめる機能が、時代とともに非常に強くなってきています。

 

このような、既存メディアへの不信感も、今回の事件に賛否を巻き起こした原因の一つではないかと思いました。

 

 

「お客様は神様ではない」という価値観の浸透

 

本件には、かつての日本社会で広く共有されていた「お客様は神様」という価値観が徐々に変化して来ていることも関係していそうです。

 

数年前からブラック企業という言葉が使われるようになり、劣悪な労働環境の企業が批判の的になり始めました。

 

しかしこうしたブラック企業批判が進むとともに、「実はブラック企業を作っているのは、対価に見合わない過剰なサービスを要求するお客なのではないか」という論調も多くなり始めました。

 

結果として最近では、ブラック企業とともに対価以上のサービスを要求するお客(主に中年以上の男性が想定される場合が多い)も批判の対象となり始めています。

 

実際、必要最低限のサービスで十分と感じていた若年層を中心とした人々のライフスタイルはここ数年で劇的に変化しました。

 

移動にはLCCを積極的に利用し、必要のないアイスクリームや牛丼をタダで押し付けてくる代わりに高額な使用料を要求してくる大手携帯キャリアを見限って格安SIMに乗り換え、

 

使いもしていないスタジオやプールの料金も含めた金額を支払わなければならない大手のジムを退会して、ウェイトとマシンに特化した都市型の廉価なジムに乗り換えるような例が増えてきています。

 

(ちなみに私はもう若者と呼べる歳の人間ではないですが、上記3点すべてを実践済です・笑)

 

このように、過去の日本においては高価格/高サービスしか選択肢がなかったものが、中価格/中サービス、低価格/低サービスとその選択肢が増え、「お客様は神様。事業者はできる限りのサービスをするのが当然」という商流が、若い世代を中心に「サービスとは自分に必要なものを選んでお金を払って買うものであり、基本的には有料のものである」という価値観が広まりつつあるように感じます。

 

このような価値観のシフトが起きている過渡期の現在であるからこそ、サービスの簡素化で格安での移動を実現したバニラエア側に同情の声が聞かれたのかもしれません。

 

 

感情論は何も生まない

 

本件、足の不自由な方がタラップを這い上がるという絵面の強烈さから、感情的な批判が多く見られます。

 

現場のスタッフは鬼畜だと言い放つ人もたくさん見かけましたが、空港の現場というのは航空法で厳格にルール決めがしてあり、して良いこととしてはいけないことが明確に決められています。

 

何か起きる度に臨機応変に融通を利かせていたら、法令遵守の観点からすると多くの命を預かる航空会社や空港がそんなに緩い法令の運用で良いのか、という問題が起きます。(だから身体の不自由な人には事前の申告を通知していたのです)

 

本件に関して木島さん側に批判的なことを言うとすぐに障害者差別だという批判や、ひどい暴言も散見されましたが、批判の対象はあくまで事前申告という約束を守らなかった木島さんに対するものであり、木島さんの障害に対するものではないという点はしっかり区別して議論がなされるべきでしょう。

 

行為そのものが批判されることと、その行為者の属性を批判するのとでは天と地の差があります。

 

また、法令違反の有無と道義的責任の議論とを混同した主張も多く見られますが、これもかなりナンセンスです。

 

企業が平等なサービスを一定水準で提供し続けるためには、「原則」を必ず作らなくてはならず、それを守るためのルールも策定しなければなりません。

 

これは差別でもなんでもなく、標準的なサービスを提供するために企業側に課せられた義務のひとつです。ちなみに、私も本業で「サービススタンダード(サービスの標準化)」に深く携わっています。


各支店や各営業担当者の特色や個性は残しつつも、安定した「質」のサービスを継続的に提供し続けなければならないというのは当たり前のことのようで大変難しいことです。例えば、同じ価格でサービスを提供されたAさんとBさんがいて、それを対応したスタッフが違う人物だったとしても、同じ会社が供給者である以上サービスの質は同一でならなければならないという概念を企業は大事にしなければなりません。


「マニュアル化」と言うと非常に聞こえが悪いのですが、ある一定水準のサービスをムラなく提供するためには、属人的な能力に依存した運用では成立せず、ルールに基づいた行動や判断をせざるを得ません。個人経営の事業者ならともかく、企業人である上に法令順守を厳しく求められる空港の現場スタッフに対して暴言を吐く意見は、あまりにお角違いな印象を受けました。



ただ、実際問題として一部には今回の木島さんの行為を受けて障害者一般への差別を正当化する思考回路の持ち主もいないわけではないですし、木島さんもお立場上、本人にそのつもりはなくともある程度の「代表者性」がついてまわってしまうことに、もう少し自覚的であるべきだったかもしれません。




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憲法記念日に、日本について考えたこと

どうも、英司です。

またまた久々な更新になりました(笑)

連載を持っているLGBTメディア「GENXY」でもネタがないと吹聴している中でのブログ更新なので、編集から怒られそうですがちょっとばかし雑感を。

■ゴールデンウィーク中にあった憲法記念日を受けて


ゴールデンウィークは晴天にも恵まれ、僕もBBQをしたり、東京に遊びに来た友人を誘ってみんなで飲みに行ったりと割と楽しく過ごせました。

ゴールデンウィーク中の5月3日は、ご存知の通り憲法記念日です。
1947年(昭和22年)5月3日に、現行の日本国憲法が施行されたことを記念して、この日が国民の祝日となりました。

この日を機に、ニュースやSNS上でも日本国憲法に触れる記事や意見を多く拝見しました。その中で、僕の個人的な考えをまとめておきたいと思います。


■制定当時、非常に先進的だったこの国の憲法


まず、下の表を見てください。

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表を見てみると、当時まだ約3割の国にしか認められていなかった「違憲立法審査権」や「生活権」を明確に規定しており、4割に満たない国しか宣言していなかった「拷問の禁止」を明言しています(しかも、これを定めた第36条の条文は「拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」となっており、そもそも憲法自体が「絶対に」守られなければならないものであるにも関わらず、敢えて「絶対に」と明記するなど、かなり強い表現になっています)

上の表では、1946年、1976年、2006年の3回に分けて定点観測がなされているのですが、日本国憲法が公布されたのは1946年で、広く知られている通り、私たちの国の憲法はそれ以来1度も改正がされていません。

つまり、1946年に公布されたものであるにもかかわらず、21世紀の現代においてもなお世界標準レベルとされる権利をほぼすべてカバーしており、これが1946年に公布、翌47年から施行されたことを考えると、当時にしてはいかに先進的な内容であったかが伺い知れます。


■現行憲法に対する私の立場


私は基本的に、憲法改正には賛成の立場です。特に自衛隊の立場を明確に規定することは絶対に必要で、そうするとすぐに「お前は戦争がしたいのか!」というご批判に遭ってしまいますが、私は好戦的な人間ではないし、ましてや未来永劫、この国が戦争に巻き込まれることなどまったく望んでいません。

しかし、現行の憲法では日本に軍隊は存在しないことになっており、それを何かが起きるたびに解釈によって変更するというのは、その時々の内閣に恣意的判断の余地を残すということであり、かえって今は、日本国憲法が非常に危険な方法で運用されているな、と感じています。

そうであれば、日本が持ち得る兵力は国民の生命保護を目的とした自衛兵力に限定すると宣言した上で、できること(災害救助や国外で何らかのトラブルに巻き込まれた邦人の移送等)と、できないこと(他国の領土侵略等)を明記し、地位を確定させることで、その時々の内閣に解釈の変更による恣意的な運用の余地を残さないことが重要かと考えます。

そもそも憲法とは、時の指導者の権力乱用から国民を守るためのものであり、その憲法に、時の指導者の解釈変更による運用という「綻び」が存在すること自体が危険なのではないでしょうか。


■合衆国憲法とアメリカ独立宣言に強い影響を受けた日本国憲法


前出のように、日本国憲法は制定当時から非常に先進的な内容であったとされています。この原案を考えたのは皆さんもご存知の通りアメリカ合衆国です。一般的に日本国憲法は合衆国憲法とアメリカ独立宣言の影響を強く受けていると言われています。個人の基本的人権にかなりの比重を置いた点などは確かに非常にアメリカらしいです。

同時に、平和憲法であるとも言われています。これを理由に右側の人が「アメリカは二度と日本に戦争をさせないために9条を押し付けた!!」と興奮気味に語り、左側の人は「いや、9条があったから日本は平和だったのだ!!」と興奮気味に反論するという光景はもう70年に渡りこの国でお馴染みの光景ですが、そうそう単純なものでもないな、ということを最近感じます。

この件に関しては大学生の頃など、様々な議論を聞けば聞くほどどちらの言い分も正しく聞こえ、若い頃の自分には少し難しすぎる問題だったな、と今になって振り返っています。

大人になり、それなりに社会経験を積み、まがりなりにもあの頃よりも少しは大局観を得た今、少しこの部分について自分の立場を整理しようと思いました。


■「9条論争」はいつも不毛


私は、右側の人が言うように、第二次世界大戦で痛手を負ったアメリカは、日本を戦争のできない国にしようとしたことは事実だと考えています。しかし一方で、それは「9条」の押し付けのみによって達成しようとしたわけでもないと思います。

日本国憲法が平和憲法と言われる所以は9条以外にも、基本的人権の尊重や国民生活の向上に重きを置いた憲法であることもその理由のひとつとなっています。

しかしアメリカが賢いところは、このように基本的人権の尊重に重きを置いたことは単に自分たちの国の憲法のコピーを日本に適用した、という単純な発想ではなかったことだと思います。

戦前、日本政府は景気浮揚策として主にアジアをターゲットとした外需に目を付けました。当時、自国のインフラ整備事業等が一巡し、国内の経済は飽和状態になったと考えた日本政府が外需頼みの経済政策に舵を切り、その結果当時欧米諸国の植民地だったアジア市場への進出の野心を駆り立て、最終的に戦争の道へと突っ走ってしまったと分析したアメリカは、基本的人権の尊重や個人の生活権を高度に守り、国民生活の向上を高らかに謳った憲法を制定することにより、今後日本政府が外需頼みではなく内需拡大型の経済政策を取りやすくするようにした、という側面があります。

つまり、現行憲法は、何も前文や9条だけでなく、そのすべてに渡って「戦争をしない」というスピリットが通底していると考えられます。

しかし、私はこれを「アメリカに押し付けられた!」などと言って、一概に悪いことと言い切ることはできません。むしろ、国家の経済発展と市民生活の向上が両輪駆動で、かつ大変早いスピードで実現できたのはまさにこの憲法が目指したところであり、しかもその間、この国が一切の戦争に巻き込まれることがありませんでした。

日本の内需拡大による国民生活の向上という方向性の経済政策が進むにつれ、トヨタ自動車やSONYのようなアメリカ製品を駆逐する企業が誕生してしまったことはアメリカにとって誤算だったとしても、概ね当初の狙いどおり、日本は内需拡大型による経済発展を果たすというシナリオどおりに歴史は進みました。

こうした背景を考えたとき、9条のせいで日本は骨抜きにされたと現行憲法のすべてを否定する、あるいは9条のおかげで日本の平和は守られたと盲目的に賞賛する、という9条を軸にした全否定・全面支持型の護憲改憲論争がとても不毛に思えてきます。


■憲法改正には賛成だけど、現政権与党の改憲案には反対


ここまで見てきたように、現行憲法は様々な問題を抱えつつも、こんにちの私たちの豊かで安全な社会生活の基礎となったことは疑いようのない事実であり、どのようなきっかけや思惑があろうとも、「戦争をしない」という理想、そしてその理想を実現するために権力の乱用を徹底的に否定し、国民生活の向上を謳ったことは、歴史的必然性の観点からも正しいことだったのだと思います。

憲法記念日を機に、2017年現在の政権与党である自民党の改憲案の前文を読み込み、現行憲法の前文と比較をしましたが、私としてはこれは、到底受け入れられるものではありませんでした。

まず、現行憲法の前文を見てみます。


====以下引用====

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

====引用以上====


「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」「主権が国民に存することを宣言」などと言った表現は、いかにもアメリカ人が好みそうな言い回しで、全体的にハッキリとした物言いが目立ちます。

また、日本国憲法なので本来であれば日本国について書いていれば十分なところを、前文の中盤に来ると国際社会の中の日本という概念で書かれていたり、全世界の国民の人権に触れていたりするなど、すでに戦後世界の覇権を狙っていた当時のアメリカ的思想の影響をモロに受けています。

私たち日本人にはちょっとキザでこっ恥ずかしい表現も時々出てきますが、「憲法は指導者による権力の乱用から国民を守るものである」という強い意志が感じられます。


一方、現与党の自民党による改憲案はと言うと…


====以下引用====

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。

我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる

日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

====引用以上====


「憲法は指導者による権力の乱用から国民を守るもの」という定義に照らし合わせたところ、率直に言って現行憲法よりもかなり後退している印象を受けます。

国民が自国への愛国心を持つべきかどうかの議論はここではナシとして、全体的に、国民にあれして欲しい、これして欲しい、とお願いばかりしているような憲法?という印象ですね。

そして、「今や国際社会において重要な地位を占めており」と明言しているにも関わらず、現行憲法に見られたような国際的な視点、国際社会の中で日本は何を発信・実現したいのかについてはどこかにすっ飛んでしまっています…。

この前文内で、日本政府は下記のことを国民にお願いしています。


  • 国と郷土を誇りに思うこと
  • 国と郷土を自ら守ること
  • 和を尊び、家族や社会全体が相互に助け合うこと
  • 美しい国土と自然環境を守ること
  • 教育や科学技術を振興すること
  • 活力ある経済活動を通じて国を成長させること


私は自民党は特段嫌いではないですし(好きでもないですが)、長きに渡り政権を担った政党として責任ある提言をする政党だという印象を持っていました。

しかし、正直に言ってこれは酷すぎる。そもそもですが、憲法は国家権力の暴走から国民を守るものであって、国民にお願いごとをするものではありません

国民にあれをしろ、これはするな、と規定するのは法律であって、その法律は、憲法が定めた国民の権利を侵害してはならないとされています(これが憲法が「法律の法律」などと公民で教えられる所以です)。

莫大な予算と優良な人脈を持っているであろう自民党が、(おそらく専門家などに頼んでいるのに)なぜこうした憲法と法律の関係性も理解していないような前文を「たたき台」として発表しているのか、本当に理解に苦しんでしまいました。

もしかして、「国民のほとんどは憲法と法律の違いなんてわからないだろうからこれでいいか」みたいな気持ちで作っているのでしょうか。そうだったとしたらそれは大変腹立たしいことです。

「これはあくまで『たたき台』であり、詳細な議論はこれからで…」という言葉も見聞きしますが、こんなもの「たたき台」にすらなっていません。

憲法とは究極的には、将来何かの間違いで極悪非道な奴が指導者になったとしても、決して国家を滅亡させない、国民の人権を踏みにじらないようにするためにあるものです(特にドイツの件でこれは思い知ったことでしょう)。この前文を見たときに、私はまったくその気概を感じられませんでした。

おまけに具体的な草案を出しているのは自民党だけで、他の野党は党内をまとめきれていないとすら言うのですから、なんと言うことでしょう、この惨状…。


■より良い国であって欲しい


ここまで見てきたように、憲法というものはその先100年単位で国家の命運を決定付けるものです。

私はこの日本という国、そしてこの時代に生まれて来て本当に良かったと心から思っています。

時々立ち止まって考えることは必要だし、昔を懐かしむことは時に必要だと思います。しかし、殊に「立憲主義」や「民主主義」というものに関しては、後退は絶対に許されません。前進しかないのです。

これからも「この時代のこの国に生きていられて良かった」と思い続けられる国であることを願います…(ちょっと心配になってきましたが)


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【映画レビュー】『ベルリン、天使の詩』(1987年/西ドイツ)

どうも、英司です。

久しぶりに映画レビューでも書きたいと思います。先日、早稲田松竹にてリバイバル上映された不朽の名作「ベルリン、天使の詩」(1987年/西ドイツ)を見に行きました。この映画は学生時代からとても好きだったのですが、あいにくDVDでしか見たことがなかったので、今回初めて劇場で見られるチャンスが訪れて大変貴重な機会でした!

ひとまず、まだ見ていない方や、見る予定もない方にも楽しんでいただけるように心がけてレビューを書きますので、よろしければお付き合いください。


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※かなり個人的な解釈がふんだんに含まれておりますのでご注意ください※


この映画が劇場公開された1987年と言えば、まだベルリンの壁が存在していた時代。四方を壁で囲われたベルリンという街が持つその特殊性に注目した作品なのではないかと思いました。


(ご存知の方が多いかと思いますが、誤解されやすいため解説を…ベルリンの壁は、西ドイツと東ドイツのすべての国境線に建てられていた壁と思われている方もいらっしゃるようですが、そういうわけではありません。ベルリン市は西ドイツの領土でしたが、それは西ドイツの中にはなく、東ドイツの領土の中に「飛び地」として存在していました。東西ドイツの格差が次第に広がる中、目覚ましい経済発展を遂げる西ドイツへの亡命を希望する東ドイツ人が、このベルリン市に駆け込んで亡命を果たす例が後を絶たず、東ドイツ政府がそれを防ぐためにこのベルリン市を囲うように建てたのがいわゆる「ベルリンの壁」です)


思うに、私たち日本人も含め、この映画が制作された時代に生きていた先進国のほとんどの人々は、ご年配者以外にとって「第二次世界大戦」は直接的な記憶とは断絶された過去の歴史上の出来事であり、東西冷戦は進行中の出来事ではあったものの、それは自分の毎日の生活とは直接的に関係のない、エライ人たちが威勢を張り合っているどこか遠いところで起きている話、という感覚だったのではないでしょうか(私自身、その時期はまだ物心が着く前だったのであくまで予測ですが…)。

しかし、ベルリン市民にだけはこれが当てはまりません。
毎日働き、食事をし、遊び、休息するその街は壁で囲われた街であり、その壁は「戦争(=ナチス)」の記憶を陸続きのものにし、共産主義と資本主義という政治体制が世界を二分している現実を強烈に意識させ続けるものです。

敗戦国としての自虐性と、同じ国でありながら西側陣営と東側陣営の最前線として緊張関係にある宿命を背負わされたのが、壁に囲われた街に暮らすベルリン市民だったのではないでしょうか。

当時のベルリン市民にとって戦争(=ナチス)は過去の歴史上のものではないし、東西冷戦も遠いところで起きている話ではありません。自分たちの日々の生活に、これらの苦悩を思い出させる「壁」は常に存在しており、この「壁」が、当時のベルリン市民の心に深い影を落としていたのではないかということが予測できる演出が随所に見られます。

現に映画内で、人々の心の声を聞くことができるとされる天使たちが読み取る市民たちの声は、どれも大変詩的で美しいフレーズばかりでありながら、どれも感傷的で退廃的です。これらの声が聞こえる天使たちの目線で描かれる映像がすべてモノクロームに統一されていることも、この時代のベルリンに漂っていた陰鬱とした空気感をうまく演出していたのではないかと私は読み取りました。

そして、「戦争(=ナチス)」の悪夢を思い起こさせる演出も随所で見られます。

天使たちは、かつて戦争で瓦礫の山となっていた通りばかりを選んで歩き、そこに戦時中の実際の映像を折り入れながら物語が展開します。

また、ナチスがかつて戦時中に焚書をしていたことを想起させる映像と対比させるかのように、天使たちが集まる場所の設定として「図書館」が選ばれています。

実際の歴史では、この映画が公開された2年後の1989年に、ベルリンの壁は崩壊しました。映画が制作されていた当時、既に東側諸国は崩壊寸前であり、革命前夜の様相を呈していたものと思われます。

この時すでに、アメリカ映画界で成功を納めていたヴィム・ヴェンダース監督は、そんな祖国のたどった数奇な運命と、国や都市が背負った宿命が人々の心にどのような作用を生むかを、後の歴史に残しておく必要性に駆られたのではないかと私は勝手に予測しています(「図書館」の演出はここにも帰結していると私は解釈しています)。


私もこの映画を見たのはもう4回目?くらいでしたが、初めて見た時(大学生の頃)はただただ詩的で幻想的な世界観にうっとりしてそこまで深く考えて鑑賞しませんでした。
(実際、ストーリーとしては「人間には見えないある天使の男が、人間である舞姫に恋をし、自分で生き様を選択していく」というだけの、大変シンプルなものです)

しかし、かなり含みのある作品ですので、見るたびに新しい解釈が生まれたり、見る人によって注目すべきポイントが異なったりするところが面白い作品です。

特に、他のファンの方のレビューなどを見ていると大変興味深いです。

この映画には実は語られていない設定があり、ベルリンに住んでいる天使たちは、第二次世界大戦にあきれた神が人間を滅ぼそうとしたとき、天使たちが神に諫言したために逆鱗に触れ、罰としてベルリンに落とされた堕天使たちの話である、という説や、ニーチェが遺した有名な言葉「神は死んだ」の議論の延長線上にある映画である、という説など、本当に多種多様な解釈がなされている映画で、とても面白いです。

ちなみに、同じく含蓄があり、解釈を観客に委ねるタイプの作品を撮る監督さんの代表格としてよく名前があがるのがフランス人のジャン=リュック・ゴダール監督です。『ミニシアター好きと言えばゴダール』と言われるくらい著名なヨーロッパ映画界の巨匠であるため、学生時代に何度かチャレンジしましたが私の頭では難解過ぎて理解できないものが多かったです(しかも、それはたぶん今もなお私の頭では理解できない自信だけはあります・苦笑)。

これは完全に好みの問題ではありますが、完全にアートや哲学、思想に振り切って映画を作っている(と、勝手に私が解釈している)ゴダール監督の作品よりも、同じヨーロッパ生まれの巨匠でもヴィム・ヴェンダース監督の作品の方が、時事性に絡めたり、社会問題などからインスパイアされて作った作品などもあり、今回のように舞台となっている国や地域、時代背景を理解することでより楽しめる作品などもある点、私の好みには合っていたかな、と感じています。

個人的にヴィム・ヴェンダース監督の作品では、『ランド・オブ・プレンティ』(2004年/アメリカ)なんかも、ニューヨーク同時多発テロをテーマにしつつも、アメリカ合衆国の繁栄の影に隠れた貧困や、家族、外国人など、9.11直後のアメリカ社会に漂っていた空気感をうまく保存したロードムービーだったと解釈していますし、この作品も結構お気に入りです。


いやぁ、なんだか久々の映画レビューを書いたらものすごい熱が入ってしまいました(笑)。そんなわけで、皆さんも素敵な一作に出会えますことをお祈りしつつ。




■『ベルリン、天使の詩』予告編





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いらっしゃいませ!英司と申します。中央線カルチャーが好きで、東京・高円寺に在住の会社員。日々感じたことから、少し役立つ(?)情報まで、いろいろ発信していければと思います。

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